薬に頼らない認知症ケア!ユマニチュードとコグニサイズなど非薬物療法の重要性

生活支援

「最近、おばあちゃんが何度も同じことを聞いてくる」「怒りっぽくなって、どう接していいか分からない」 認知症のご家族を介護されている方から、薬局の窓口でこのようなご相談をよく受けます。 毎日のお世話、本当にお疲れ様です。先の見えない不安や、時にはイライラ、そして自己嫌悪…。介護は、心身ともに大変な重労働です。

認知症の治療と聞くと、まず「お薬(抗認知症薬)」を思い浮かべる方が多いはず。しかし、実は薬と同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが「非薬物療法」と呼ばれるアプローチ。

今回は、調剤薬局で20年、認知症サポーター養成講座なども担当してきた薬剤師の視点から、薬だけに頼らない、ご自宅でご家族が実践できる非薬物療法の具体例を、最新の知見と、私の経験した事例を交えて、わかりやすくお伝えします。

【第1章】認知症治療の現状と「薬」の役割、そして「優先度」

まず、認知症の治療におけるお薬の現状を整理しましょう。

現在使われているアルツハイマー型認知症などの薬(抗認知症薬)は、残念ながら認知症を根本的に治す、あるいは進行を完全に止めるものではありません。その役割は、あくまで「進行を遅らせる」こと。 お薬は、脳内の神経伝達物質(脳の情報をやり取りする物質)の働きを調整することで、記憶力の低下などの「中核症状(ちゅうかくしょうじょう)」を和らげる効果が期待されます。

しかし、お薬だけでは、認知症ケアのすべてをカバーすることはできません。 そこで重要になるのが、「薬物療法と非薬物療法の優先度」です。

認知症の症状には、脳の病変が直接の原因となる物忘れなどの「中核症状」と、その人が置かれた環境や、不安、焦燥、幻覚、徘徊、抑うつ、暴言、暴力などの「BPSD(行動・心理症状:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」があります。

実は、介護家族を悩ませる多くの症状は、この後者のBPSDです。 そして、このBPSDのコントロールにおいては、多くの場合、お薬よりも「非薬物療法(環境調整やケア)」が優先されるべきなのです。

なぜなら、BPSDは、本人の不安、恐怖、苦痛、寂しさ、周囲とのコミュニケーションのズレ、環境の変化などが複雑に絡み合って起こることが多いからです。 お薬で無理に興奮を抑え込むと、副作用でふらつきが出て転倒・骨折のリスクが高まったり、意識がぼんやりしてしまったりすることもあります。

「薬物療法と非薬物療法は車の両輪」と表現されることもありますが、特にBPSDの対応においては、まず「本人が何を感じ、何を求めているのか」を理解し、環境や接し方を整える「非薬物療法」を最優先で検討し治療の土台を作ります。さらに改善が難しく、本人の苦痛が大きい場合や介護介入が困難な場合に、適切なお薬を選択・追加するというのが、現代の認知症ケアのスタンダードです。

【第2章】非薬物療法とは何か:その本質と目的

では、改めて「非薬物療法」とは何かを説明します。 これは、その名の通り、薬を使わずに、脳を刺激したり、心身をリラックスさせたり、周囲の環境や接し方を変えることで、認知症の症状を和らげ、その人らしい生活(QOL=生活の質)を維持・向上させるためのアプローチです。

その目的は、単に「困った行動(BPSD)をなくす」ことではありません。 本人の不安や不快を取り除き、安心感を与え、本来持っている能力を引き出し、「自分らしく、穏やかに過ごせる時間」を増やすことにあります。 これにより、結果としてBPSDが軽減され、ご家族の介護負担も減るという、好循環が生まれます。

非薬物療法の実践において、最も重要となるキーワードが「コミュニケーション」です。 認知症が進むと、言葉によるコミュニケーションが難しくなります。しかし、感情や感覚は、比較的長く保たれます。 「何を話すか(言葉)」よりも、「どう伝えるか(態度、表情、声のトーン)」が、相手に大きな影響を与えるのです。

【第3章】家庭でできる実践的な非薬物療法の具体例3選

明日から自宅でできる、具体的な方法を、3つの事例とともに紹介します。

  1. コミュニケーションの革命:ユマニチュード

まずご紹介したいのが、フランス発の認知症ケア技法「ユマニチュード」です。 ユマニチュードとは、「人間らしさを取り戻す」という意味。 認知症の人を「病気の人」としてではなく、一人の「人間」として尊重し、その人への愛情を具体的な技法で伝えるアプローチです。

ユマニチュードには、4つの基本技法(柱)があります。

  • 「見る」:相手と目を合わせる、同じ目線で見る。正面から、愛おしそうに見つめることで、「私はあなたを見ています、あなたは大切です」というメッセージを伝えます。
  • 「話す」:穏やかな声で、ゆっくりと、短い言葉で話しかける。たとえ返事がなくても、こちらの行動を言葉にして伝える(例:「これからお顔を拭きますね」)ことで、相手に安心感を与えます。
  • 「触れる」:相手の手を握る、背中をさする、優しく包み込むように触れる。触覚は、言葉を超えて感情を伝えます。ただし、不意に触れたり、上から押さえつけるような触り方はNGです。
  • 「立つ」:自分で立つ、歩く機会を作る。立つことは、重力を感じ、空間を認識し、人間としての尊厳を感じることに繋がります。車椅子の方でも、少しの時間でも立つ練習をすることが重要です。

このユマニチュードの技法は、介護場面における様々な問題を解決するヒントになります。

事例1(着替え拒否): いつも朝の着替えで、「いやだ!」と怒り出す患者さん(80代女性)。ご家族は「着替えないと風邪をひくでしょ!」と正論で説得しようとし、ますます興奮させていました。 私が、ユマニチュードの技法をアドバイス。 まず、正面からしっかり目を合わせ、笑顔で「おはようございます、お母さん」と話しかけます。優しく肩に触れながら、「素敵なパジャマですね。今日は、このきれいなお洋服にお着替えしませんか?」と、本人の自尊心をくすぐるような言葉がけと、穏やかな態度を心がけてもらいました。 すると、お母さんは穏やかな表情になり、拒否することなくスムーズに着替えることができたのです。 これは、「コミュニケーション」のズレが解消され、本人が「尊重されている、大切にされている」と感じられたことによる成功事例です。

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  1. 脳と体を同時に鍛える:コグニサイズ

次にご紹介するのは、日本で開発された認知症予防プログラム「コグニサイズ」です。 コグニサイズ(Cognicise)は、Cognition(認知)とExercise(運動)を組み合わせた造語。 国立長寿医療研究センターが開発した、運動と認知課題(脳トレ)を同時に行うことで、脳血流量を増やし、神経細胞の活性化を促し、認知機能の維持・向上、進行抑制に効果が期待されるプログラムです。

コグニサイズの科学的根拠は、国内外で認められており、その効果は、ある研究では、薬物療法に匹敵する、あるいはそれを上回る可能性も示唆されています。

具体的なプログラムは多岐にわたりますが、基本は「運動しながら、頭を使う」こと。

事例2(自宅でのコグニサイズ): ある患者さん(70代男性)は、運動不足で、物忘れも進んできたことをご家族が心配されていました。 そこで、自宅でできる簡単なコグニサイズを提案。 プログラム例: ステップを踏みながら、1から順に数を数え、「3の倍数」と「3がつく数」の時だけ手を叩く(世界のナベアツ風)。 別の例: しりとりをしながら、その場で足踏みをする。 介護家族の方も一緒にできるのが、コグニサイズの良いところです。 「お父さん、今の間違えたね!」「じゃあ次はもっと難しいのに挑戦しようか」と、親子で笑いながら、コミュニケーションを取りつつ、脳と体を鍛えることができます。 このプログラムを始めてから、お父さんは日中の活動量が増え、夜もぐっすり眠れるようになり、表情も明るくなったそうです。

  1. 思い出と音楽の力:回想法と音楽療法

既存のドラフトにあるアプローチを、より詳しく、具体的な実践方法とともに紹介します。

  • 回想法(かいそうほう): 昔の思い出を語り合う方法。人は直近の記憶(例えば、今日何を食べたか)から失われていきますが、昔の記憶(例えば、青春時代、仕事、子育て)は、比較的長く残っています。得意だったことや楽しかった時代を思い出し、誰かに共感してもらうことで、脳が刺激され、自尊心の回復、精神的な安定につながります。 実践のコツ: 間違いを正さないこと。「それは違うでしょ」「あの日じゃなくて、この日だよ」と否定せず、「そうだったんだね、懐かしいね」と相槌を打つのがポイント。昔の写真アルバム、思い出の品(例:昔の道具、趣味の作品)、地元の郷土史などを活用すると、話が弾みます。
  • 音楽療法(おんがくりょうほう): 馴染みのある音楽を聴く、歌う、楽器を演奏する、リズムに合わせるなどのアプローチ。音楽は感情や記憶を呼び覚ます強い力を持っており、脳の広い範囲を活性化します。不安、焦燥、抑うつなどのBPSDの軽減に効果的です。 実践のコツ: 本人が青春時代に流行った歌、子供の頃の童謡、好きだったジャンルの音楽(例:クラシック、演歌、民謡)など、本人の「お気に入りの曲」を選ぶこと。私の担当する施設でも、普段は無表情な方が、昔の歌謡曲が流れた途端に笑顔で手拍子を始めたり、歌詞をすべて覚えていて大きな声で歌い出す姿を何度も目にしました。ヘッドホンを活用したり、一緒にカラオケをしたり、楽器(例:タンバリン、鈴)を持たせるなど、五感を刺激する工夫も効果的です。

これらも、介護家族との「コミュニケーション」ツールとして、非常に有用です。 「お母さんのこの写真、きれいだね」「この曲、昔よく聴いてたよね」と、共通の話題から、温かい時間が生まれます。

【第4章】薬剤師から見た非薬物療法の重要性と地域連携

私は薬局の窓口で20年間、認知症の患者さんとご家族を見続けてきました。 その中で感じるのは、「非薬物療法」こそが、認知症ケアの質を決定づけるということです。

お薬は大切ですが、それはあくまで「進行を遅らせる」道具。 非薬物療法は、「その人がその人らしく生きる」ための、ケアの土台です。

そして、この非薬物療法を、介護家族が一人で抱え込む必要はありません。 むしろ、多職種連携が不可欠です。

ケアマネージャー、ヘルパー、デイサービスのスタッフ、訪問看護師、そして私たち薬剤師。地域の専門職がチームとなって、本人の生活を支える。 例えば、デイサービスのプログラムに「コグニサイズ」や「音楽療法」を組み込んでもらう。訪問看護師に「ユマニチュード」の技法を実践してもらう。 薬剤師は、薬の調整だけでなく、多職種と連携して、非薬物療法を生活の中にどのように組み込むか、そのヒントを提供したり、ご家族の相談に応じたりします。

薬局で薬を受け取るだけでなく、介護の悩み、接し方の迷い、地域での資源活用など、なんでも相談してください。私たちは、そのチーム医療の一員として、いつでも薬局でお待ちしています。

【まとめ】

認知症ケアの主役は、お薬だけではありません。 本人の感情に寄り添い、人間らしさを尊重する「ユマニチュード」によるコミュニケーション。 脳と体を同時に鍛え、笑いの中で進行を抑制する「コグニサイズ」。 思い出や音楽、そして日常生活の中でご本人ができる役割づくり…。 これらすべてが、立派な治療(非薬物療法)です。

まずは、「薬物療法と非薬物療法の優先度」を再確認し、お薬に頼る前に、あるいは薬と並行して、自宅でできるケアを見直してみてください。

介護家族の皆さんが、少しでも穏やかな笑顔で過ごせる時間が、そして本人が「自分らしく、安心して過ごせる時間」が、非薬物療法によって生まれることを、心から願っています。


出典・参考情報 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」 国立長寿医療研究センター「コグニサイズの実践と科学的根拠」 ユマニチュード・ジャパン(一般社団法人)「ユマニチュードの理念と技法」 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2020」 日本認知症学会「認知症診療における非薬物療法」 (確認日: 2026年3月17日)

コグニサイズを、あなたの生活に。薬剤師が選んだ実践の書

非薬物療法の中でも、科学的な根拠に基づき効果が期待されている「コグニサイズ」。 記事を読んで、「うちでもやってみたい!」と思われた方も多いのではないでしょうか。

運動と脳トレを組み合わせたこのプログラムを、日常生活の中で無理なく、そして効果的に続けるためには、正しい知識と実践ツールが必要です。

そこで、コグニサイズを開発した国立長寿医療研究センターの第一人者・島田裕之先生による、異なる役割を持った2冊の書籍をご紹介します。

ご自身の、あるいはご家族の状況に合わせて、最適な一冊を選んでみてください。

「コグニサイズを、今日から手軽に始めたい。そんなあなたにぴったりなのが、この『体と脳の若返り応援ノート』です。低価格ながら、国立長寿医療研究センター公認の内容が詰まっています。

『ノート』形式なので、単に読むだけでなく、毎日の実践記録や、簡単なドリルに書き込むことで、モチベーションを維持しながら、楽しく脳と体を活性化できます。ご家族で一緒に記録をつけ、会話のきっかけにするのも素晴らしいコミュニケーションになりますよ。」👇

「より体系的にコグニサイズを学びたい。あるいは、ご家族や介護現場で、自信を持ってコグニサイズを教えたい、実践したい。そんな本格志向の方には、この『3STEPで認知症予防コグニサイズ指導マニュアル』をおすすめします。

単なるプログラムの紹介にとどまらず、コグニサイズのメカニズム、効果を高めるための環境設定、相手に合わせた指導法まで、専門的な知見が網羅されています。医療・介護従事者はもちろん、ご家族のケアの質を一段高めたいと考える方にとって、頼れるバイブルとなるでしょう。」👇

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【お役立ち情報:施設利用を考えた時の「お金」の不安を減らすために】

今回の記事では、ご自宅でできる非薬物療法を中心にお伝えしました。しかし、どれだけご家族が頑張ってケアをしていても、介護にはどうしても限界が来るタイミングがあります。

「そろそろ施設の利用も考えた方がいいのかも…」 そう頭をよぎった時、一番のネックになるのが**「費用の問題」**ですよね。

お薬や日々の生活費に加えて、施設の費用が払えるのかどうか。そんな不安を抱えているご家族は少なくありません。

実は、介護保険には「高額介護サービス費」という、1ヶ月の介護費用の上限を超えた分が払い戻されるありがたい制度があります。しかし、制度が少し複雑で、「自分たちが対象になるのか分からない」「どう計算すればいいの?」と悩んでしまう方も多いのが実情です。

そこで、介護施設にかかる費用について分かりやすく解説されている、おすすめの記事をご紹介します。

▶ おすすめ記事:有料老人ホームで高額介護サービス費を活用し費用を最小限に抑える方法(ぬくもり便)

高額介護サービス費を有料老人ホームで賢く使う方法とは?自己負担を最小化する完全ガイド
「有料老人ホームは高い…」そう感じた方へ。家賃や食費などは自己負担なのに、介護サービス費だけは保険が効き、さらに一定額を超えると払い戻しが受けられます。たとえば月の自己負担が一定の上限を超えた分は後日戻る仕組みで、世帯合算も可能です。領収書...

こちらの「ぬくもり便」さんの記事では、有料老人ホームなどの施設を利用する際に、この「高額介護サービス費」をどのように活用すれば出費を抑えられるのか、具体的なシミュレーションを交えてとても丁寧に解説されています。

介護は「情報戦」でもあります。 「お金がないから施設は無理…」と諦める前に、こうした制度を正しく知り、ケアマネージャーさんなどの専門職に相談してみてください。

ご家族の経済的、精神的な負担を少しでも減らすためのヒントとして、ぜひ一度目を通してみてくださいね。

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