薬局の窓口に立っていると、患者さんのご家族や、ケアマネジャーさん、ヘルパーさんから、認知症に関する相談を受けることがよくあります。
「最近、おじいちゃんの物忘れがひどくて、やっぱりアルツハイマーかしら?」 「認知症の薬を飲んでいるのに、全然効いていない気がするのよね……」
多くの方が「認知症=アルツハイマー型認知症」と考えがちです。確かにアルツハイマー型は最も多いタイプですが、認知症の原因となる病気は他にもたくさんあります。
その中には、**適切な治療で劇的に症状が改善する「治る可能性のある認知症」や、一般的な認知症とは異なる経過をたどるため専門的なケアが必要な「希少な認知症」**が隠れているのです。
これらは初期症状が「ただの老化」や「他の病気(パーキンソン病など)」と間違われやすく、発見が遅れてしまうことも少なくありません。
今回は、そんな少し珍しいけれど、知っておくべき3つの認知症について、薬剤師の視点から分かりやすく解説します。「もしかして?」と気づくためのヒントになれば幸いです。

第1章:「治る認知症」かもしれない?特発性正常圧水頭症(iNPH)
「認知症は治らない」というイメージをお持ちの方も多いでしょう。しかし、この「特発性正常圧水頭症(iNPH)」は、手術によって症状が改善する可能性がある、非常に重要な疾患です。
1. 脳に「水」が溜まってしまう病気
私たちの脳と脊髄は、「脳脊髄液(のうせきずいえき)」という透明な液体の中に浮かんでいます。この液体は脳を衝撃から守ったり、老廃物を排出したりする大切な役割を持っています。通常、この髄液は一定の量で作られ、吸収されることでバランスが保たれています。
しかし、加齢などが原因でこの吸収がうまくいかなくなると、脳の中の「脳室」という部屋に髄液が過剰に溜まってしまいます。その結果、脳が内側から圧迫され、様々な症状が現れるのが正常圧水頭症です。「特発性」とは、くも膜下出血や髄膜炎などの明らかな原因がないものを指します。
2. 見逃してはいけない「3つの特徴」
iNPHには、特徴的な3つの症状があります。特に「歩行障害」が早期から現れることが多いのがポイントです。
- 【特徴1】歩行障害(すり足・小刻み歩行) これが最も重要なサインです。
- 足が地面に吸い付いたように上がらない(すり足)
- 歩幅が極端に狭くなる(小刻み歩行)
- 足を開いてバランスを取ろうとする(開脚歩行)
- 方向転換が不安定になる 「最近、急に歩き方がおじいちゃんっぽくなったな」と感じたら要注意です。
- 【特徴2】認知機能障害(反応の鈍さ) アルツハイマー型のように「新しいことを覚えられない(記銘力低下)」ことよりも、以下のような症状が目立ちます。
- 呼びかけへの反応が遅くなる
- 一日中ぼんやりしている、活気がない(自発性の低下)
- 注意力が散漫になる
- 【特徴3】排尿障害(頻尿・尿失禁)
- トイレが近くなる(頻尿)
- 尿意を感じてからトイレまで間に合わずに漏らしてしまう(切迫性尿失禁) 歩行障害と重なって、トイレに間に合わないケースが増えてきます。
3. 治療法は「シャント手術」
iNPHと診断された場合、「シャント手術」という治療が行われます。これは、脳室に溜まった余分な髄液を、細いチューブを使ってお腹の中(腹腔)などに流し、吸収させるバイパス手術です。
この手術によって脳への圧迫が解除されると、特に歩行障害の劇的な改善が期待できます。認知機能や排尿障害も良くなることがあります。これが「治る認知症」と呼ばれる所以です。
薬剤師の視点: iNPHに対して、一般的な認知症治療薬(アリセプトなど)の効果は限定的です。薬で様子を見ている間に症状が進行してしまうこともあるため、「歩き方の異変」に気づいたら、早めに脳神経外科や神経内科を受診することが何より大切です。

第2章:転倒リスクが非常に高い!進行性核上性麻痺(PSP)
次に紹介するのは、国の指定難病でもある「進行性核上性麻痺(PSP)」です。パーキンソン病と似た症状が出るため、初期には区別が難しいことがあります。
1. 脳の神経細胞が壊れていく病気
脳の中の大脳基底核、脳幹、小脳といった部位に、異常なタウタンパク質が蓄積することで神経細胞が変性・脱落してしまう病気です。発症原因はまだ完全には解明されていません。
2. 特徴的な症状とケアのポイント
PSPは進行が比較的早く、特に「転倒」に最大の注意が必要です。
- 【特徴1】眼球運動障害(特に下向きが見づらい) これがPSPの大きな特徴です。目の動きが悪くなり、特に「下を見る」ことが難しくなります。
- 生活への影響: 足元が見えにくくなるため、階段の上り下り、段差、食事中にテーブルの上のものを見るのが困難になります。これが転倒の大きな原因になります。
- 【特徴2】姿勢反射障害と易転倒性(後ろに倒れやすい) バランスを崩したときに姿勢を立て直す反射(姿勢反射)が障害されます。
- 生活への影響: 姿勢が不安定になり、特に「後ろ向き」に丸太が倒れるようにバタンと転倒しやすくなります。受け身が取れないため、大怪我につながりやすい危険な状態です。
- 【特徴3】仮性球麻痺(飲み込み・発語の障害) 口や喉の筋肉がうまく動かせなくなります。
- 生活への影響: 飲み込み(嚥下)が悪くなり、むせやすくなります(誤嚥性肺炎のリスク)。また、言葉がはっきりしなくなる(構音障害)ため、コミュニケーションが取りづらくなります。
3. 治療とリハビリ
残念ながら、現時点でPSPを根本的に治す薬はありません。 パーキンソン病の治療薬(レボドパ製剤など)が一時的に効くことがありますが、効果は長続きしないことが多いです。抗うつ薬などが症状を緩和させることもあります。
治療の中心はリハビリテーションと生活環境の整備です。
- 転倒予防: 手すりの設置、段差の解消、歩行器の使用など。
- 嚥下指導: 飲み込みやすい食事形態への変更、とろみ剤の使用など。
薬剤師の視点: 飲み込みが悪くなると、これまで飲めていた錠剤が飲みにくくなります。薬をゼリーに混ぜたり、粉砕したり、貼り薬に変更したりといった工夫が必要です。医師や薬剤師に遠慮なく相談してください。

第3章:左右差と不思議な手の動き。大脳皮質基底核変性症(CBD)
こちらも指定難病の一つです。脳の大脳皮質と基底核が侵される病気で、症状に「左右差」があるのが大きな特徴です。
1. 特徴的な症状「他人の手徴候」など
- 【特徴1】症状の左右差 最初は片方の手や足から症状が始まり、徐々に反対側にも広がっていきます。
- 【特徴2】筋固縮とジストニア 筋肉が硬くなって動かしにくくなったり(筋固縮)、自分の意思とは無関係に筋肉に力が入って手足がねじれたり、奇妙な姿勢になったりします(ジストニア)。
- 【特徴3】失行(道具がうまく使えない) 麻痺はないのに、これまで出来ていた動作ができなくなります。例えば、ハサミの使い方が分からない、ボタンが留められない、といった症状です。
- 【特徴4】他人の手徴候(エイリアンハンド) 非常に奇妙な症状ですが、自分の手がまるで他人の手のように勝手に動いてしまいます。例えば、右手でボタンを留めようとしているのに、左手が勝手にそれを外してしまう、といったことが起こります。患者さん本人は「手が勝手に動く」と非常に戸惑います。
2. 治療と対応
PSPと同様に根本治療薬はありません。症状に応じた対症療法(筋肉の緊張を和らげる薬など)とリハビリが中心となります。失行や「他人の手徴候」に対しては、作業療法士によるリハビリで日常生活の工夫を学びます。
第4章:早期発見のために、ご家族や介護職ができること
これらの珍しい認知症は、専門医でも診断が難しい場合があります。しかし、早期に発見し、適切な医療やケアに繋げることで、ご本人やご家族の生活の質(QOL)を大きく変えることができます。
1. 専門医(神経内科・脳神経外科)を受診する
一般的な「物忘れ外来」では、アルツハイマー型を中心に診療することが多いため、上記の疾患が疑われる場合は、「神経内科」や「脳神経外科」の専門医に診てもらうことが重要です。「日本認知症学会専門医」や「日本神経学会専門医」がいる病院を探すのが良いでしょう。
2. 「普段の様子」を動画で撮る
診察室という慣れない環境では、患者さんは緊張して、普段の症状(歩き方や手の動きなど)がうまく出ないことがよくあります。 ご家族や介護職の方が、「おかしいな」と思った時の歩き方、食事の様子、手の動きなどをスマートフォンで動画撮影し、医師に見せると診断の大きな助けになります。
3. 多職種で連携する
私たち薬剤師も、薬の効き方や副作用の出方から「もしかしたら違う病気かも?」と気づくことがあります。 ご家族だけで抱え込まず、ケアマネジャー、ヘルパー、訪問看護師、薬剤師など、関わっている専門職に「最近、後ろに倒れやすくて」「手が勝手に動くと言っていて」といった具体的な情報を共有してください。チームで支えることが大切です。

まとめ
認知症とひとくちに言っても、その原因は様々です。 「年のせい」「認知症だから仕方ない」と諦める前に、「もしかしたら治るタイプの認知症かもしれない」「特別なケアが必要な病気かもしれない」という視点を持つことが大切です。
少しでも気になる症状があれば、専門医にご相談ください。そして、私たち街の薬剤師も、皆さんの不安な気持ちに寄り添い、サポートします。いつでも薬局で声をかけてください


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