夜間ケアの事故防止!BPSDとせん妄の違いと対策を薬剤師が解説

「また夜中に起こされてしまった……」 「おじいちゃんが夜になると別人のように怒り出す」 「廊下で転んでいないか、毎日気が気じゃない」

在宅介護において、最も介護者の精神と体力を削ぐのが「夜間のケア」です。日中は穏やかなのに、日が暮れるとともに不穏になる。これは単なるわがままや認知症の進行だけが原因ではありません。そこには**「BPSD(認知症の行動・心理症状)」「せん妄」**という、似て非なる二つの要因が絡み合っています。

特に夜間は、転倒・転落、徘徊による行方不明、誤飲などの「事故」のリスクが急激に高まる時間帯です。

この記事では、現役薬剤師である「オレンジ色の薬剤師」が、夜間ケアで起こりやすい事故の原因を医学的なメカニズムから紐解き、**「今日からできる環境調整」「薬学的アプローチ」**の両面から、事故を防ぐための具体的な解決策を解説します。

読了後には、漠然とした不安が消え、今夜からのケアに少しの余裕が生まれるはずです。


なぜ夜間に事故は起きるのか?「魔の時間帯」の正体

夜間は視界が悪くなる物理的な要因に加え、高齢者特有の生理的変化が事故を誘発します。まずは敵を知ることから始めましょう。

高齢者の睡眠リズムと「概日リズム」の乱れ

私たちには体内時計(概日リズム)が備わっていますが、高齢になるとメラトニンの分泌量が減少し、このリズムが崩れやすくなります。「昼夜逆転」が起きると、家族が寝静まった深夜に活動レベルが上がり、暗闇の中で動き回ることで転倒リスクが増大します。

夜間頻尿とトイレの落とし穴

夜間の転倒事故の多くは「トイレへの移動中」に発生します。加齢による腎機能の低下や、心不全、糖尿病などの基礎疾患、あるいは服用している利尿剤の影響で夜間頻尿になります。寝ぼけた状態で、暗い足元の障害物に躓くケースが後を絶ちません。


似ているようで違う!「BPSD」と「せん妄」を見極める

夜間の異常行動をひとくくりに「ボケてしまった」と片付けるのは危険です。原因によって対処法が真逆になることもあるからです。

BPSD(認知症の行動・心理症状)とは?

認知症の中核症状(記憶障害など)に加え、本人の性格や環境、心理状態が影響して現れる症状です。

  • 特徴: 慢性的に続くことが多い。
  • 夜間の症状: 「夕暮れ症候群(日没後に不安が強まる)」「徘徊」「不眠」。
  • 対策の鍵: 不安を取り除くケア、日中の活動量確保。

せん妄(Delirium)とは?

身体的な不調や薬剤、環境の変化によって急激に脳の機能が混乱する状態です。

  • 特徴: 急激に発症し、日内変動が激しい(昼はしっかりしているのに夜だけ変になる)。幻視が見えることが多い。
  • 夜間の症状: 興奮、幻覚(壁のシミが虫に見えるなど)、点滴やカテーテルの自己抜去。
  • 対策の鍵: 原因となっている薬剤の中止、脱水や感染症の治療。

薬剤師が警鐘を鳴らす「薬剤性せん妄」

実は、良かれと思って飲んでいる「睡眠薬」や「安定剤(ベンゾジアゼピン系)」が、逆にせん妄を引き起こしたり、筋弛緩作用によってふらつきを助長したりしているケースが非常に多いのです。「薬を飲んでいるのに眠れない・暴れる」場合、薬が犯人である可能性を疑う必要があります。


夜間ケアの事故を防ぐ「環境調整」5つの鉄則

薬に頼る前に、まずは環境を見直すだけで事故リスクは大幅に下がります。

1. 照明の「色」と「位置」を変える

真っ暗な部屋は不安と幻視を誘発します。しかし、明るすぎる白い光は覚醒を促してしまいます。

  • 足元灯(フットライト): 人感センサー付きの暖色系(オレンジ色)ライトを、寝室からトイレまでの動線に設置します。
  • 豆電球: 天井の豆電球は影を作り、それが幻視(お化けや虫)に見える原因になります。床置きの間接照明がおすすめです。

2. トイレ動線の「障害物」を徹底排除

カーペットのわずかな段差、脱ぎ散らかしたスリッパ、電源コード。これらは夜間において凶器となります。

  • ポータブルトイレの活用: トイレまでが遠い場合は、ベッドサイドにポータブルトイレを置くことで移動リスクをゼロにします。

3. ベッドの高さと柵の工夫

ベッドからの転落を防ぐために柵(ベッドレール)を使用しますが、乗り越えようとして余計に高い位置から落ちる事故も起きます。

  • 低床ベッド: 最低限の高さまで下がるベッドを選び、万が一落ちても怪我をしない高さにします。
  • 衝撃吸収マット: ベッド横に転倒時の衝撃を和らげるマットを敷きます。

4. 視覚情報の整理(見間違いを防ぐ)

ハンガーにかかったコートが人に見えたり、壁のカレンダーが覗いている顔に見えたりすることがあります(パレイドリア効果)。寝室には極力物を置かず、シンプルな環境を作ります。

5. 「センサー」による見守りの導入

24時間ずっと起きていることは不可能です。離床センサーを活用し、「起きた瞬間」だけ駆けつけられるようにします。最近ではWi-Fi不要でスマホに通知が来る手軽なものも増えています。


薬剤師が教える「薬」との正しい付き合い方

夜間の事故防止において、薬の調整は非常に重要です。

睡眠薬は「長時間型」より「短時間型」へ

翌朝まで効果が残る(持ち越し効果)タイプの睡眠薬は、夜中のトイレ時の転倒リスクを高めます。超短時間型や、メラトニン受容体作動薬(ロゼレム等)、オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ、デエビゴ等)など、筋弛緩作用が少なくふらつきにくい薬への変更を医師・薬剤師に相談してください。

多剤併用(ポリファーマシー)の解消

「血圧の薬」「頻尿の薬」「胃薬」「痛み止め」…数多くの薬を飲んでいるだけで、せん妄のリスクは上がります。本当に必要な薬だけに絞る「減薬」こそが、夜間の平穏を取り戻す近道かもしれません。


介護者のメンタルケア~共倒れを防ぐために~

最後に、最も大切な「あなた自身」の話をします。夜間のケアは睡眠不足に直結し、正常な判断力を奪います。

  • ショートステイの活用: 「まだ頑張れる」と思わず、定期的にプロに任せて夜ぐっすり眠る日を作ってください。
  • 地域包括支援センターへの相談: 介護保険の区分変更や、サービスの追加が必要かもしれません。

まとめ:夜間の事故は「仕組み」で防ぐ

夜間の事故は、本人の不注意でも、あなたの見守り不足でもありません。加齢による生理的変化と環境のミスマッチが原因です。

  1. BPSDとせん妄の違いを知る(原因を取り除く)
  2. 足元灯やポータブルトイレで環境を整える(転ばない仕組み)
  3. 危険な睡眠薬を見直す(薬剤師に相談)

この3つを実践することで、今の張り詰めた夜の空気は必ず和らぎます。どうか一人で抱え込まず、私たち専門家(薬剤師やケアマネジャー)を頼ってください。あなたの安眠も、患者さんの安全と同じくらい大切なのですから。

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