1. はじめに
親が高齢になってくると、ふと頭をよぎる「もし認知症になったら」という将来への不安。 調剤薬局で20年勤務し、認知症サポーター養成講座の講師も務めてきた私のもとにも、毎日多くのご家族からご相談が寄せられます。
結論からお伝えします。親が元気なうちからの準備が、家族の笑顔を守る最大のカギです。
なぜなら、いざ認知症が進行してから対策を取ろうとすると、本人の意思確認が法的に難しくなり、銀行口座が凍結されて生活費が引き出せなくなったり、介護施設の契約が進まなくなったりと、取り返しのつかないトラブルに発展することが少なくないからです。
かつて厚生労働省は「2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になる」と推計していました。しかし、2024年5月に発表された最新の調査研究(九州大学など)によると、認知症の有病率は12.3%と以前の推計より低下傾向にあることが分かっています。とはいえ、認知症の一歩手前である「軽度認知障害(MCI)」の方を含めるとその割合は約27.8%。実に65歳以上の4人に1人以上が直面する、極めて身近な課題であるという事実には変わりありません。
日々の薬局業務や多職種連携会議の経験を踏まえ、今回は「認知症になる前に家族で準備しておくべきこと」を8つに厳選して分かりやすく解説します。
2. 1つ目:家族で将来の希望を話し合う

制度や契約といった難しい話の前に、最も大切なこと。それは「本人がこれからどう生きたいか」を知ることです。
- どこで暮らしたいか(住み慣れた自宅、安心できる施設、子どもの家など)
- 誰にお金の管理を任せたいか
- どんな介護や医療を受けたいか
これらは、認知症が進行して判断能力が落ちてしまうと、後から聞き出すことができません。 薬局での実例をご紹介します。施設への入所を頑なに拒む親御さんがいました。ご家族が困り果てて話をよくよく聞いてみると、「長年手入れしてきた庭の梅の木を、春まで見届けたい」というささやかな願いがあったのです。元気なうちにこの気持ちを知っていれば、自宅で訪問介護や訪問薬剤管理指導(薬剤師が自宅にお薬を届けるサービス)を利用する準備がもっと早くからできたはずです。 「いざというとき、お互い困らないように」と前置きをして、お茶を飲みながら少しずつ話し合ってみてください。
3. 2つ目:財産や契約の棚卸し
認知症になると、自分名義の財産や契約内容を正確に把握することが難しくなります。 いざ介護費用が必要になったとき、家族がどこにいくらお金があるのか探すところから始めるのは、大変なストレスです。事前に以下の項目を整理しておくのが鉄則。
- 預貯金口座の一覧(銀行名・支店名・口座の種類)
- 有価証券や生命保険の証券
- 不動産(土地や建物の権利証)
- 借入金やローンの有無
- クレジットカードや、毎月引き落とされるサブスクリプション契約
特に気をつけたいのがクレジットカード。認知症が進行した後も、使っていない有料放送の受信料やスポーツジムの月会費が何年も引き落とされ続けていた、というケースは珍しくありません。家族が見てすぐに分かる「財産の一覧表」や「エンディングノート」を作っておくのがおすすめです。
4. 3つ目:任意後見契約を検討する
「任意後見(にんいこうけん)契約」とは、元気で判断能力があるうちに、将来自分の代わりにお金の管理や契約手続きをしてくれる人をあらかじめ決めておく制度です。
中学生にも分かるように例えるなら、「もし自分が重い病気になって頭が働かなくなったとき、この人に私のお財布の管理や、病院・施設の手続きを全部任せます」という予約の約束をしておくこと。
認知症になってから慌てて裁判所に頼む「法定後見制度」だと、家族以外の弁護士や司法書士が選ばれることが多く、毎月の報酬が本人の財産から引かれ続けることになります。任意後見なら「信頼できる家族」に「任せたい範囲」を事前に指定できるため、より柔軟に親の財産を守ることができるのが大きなメリットです。
5. 4つ目:財産管理契約の活用
任意後見契約とセットでよく使われるのが「財産管理契約」です。 任意後見契約は「認知症になって判断能力が落ちてから」スタートするのに対し、財産管理契約は「契約を結んだ直後、まだ元気なうちから」代理で動けるのが最大の違い。
例えば、「頭はしっかりしているけれど、足腰が弱ってきて銀行の窓口に行ったり、役所で書類をもらったりするのがしんどい」という時期から、家族が正当な権利を持ってサポートできます。高齢者施設への入居手続きなどもスムーズに進められるため、認知症を発症する前の「プレ介護期」に非常に役立つ契約です。
6. 5つ目:家族信託の検討

ここ数年、注目を集めているのが「家族信託」という仕組み。これは、信頼できる家族(主に子ども)に自分の財産を託し、あらかじめ決めた目的に沿って管理や運用、処分をしてもらう制度です。
なぜこれが必要なのか。理由は「実家の空き家問題」です。 親が認知症で施設に入ることになり、誰も住まなくなった実家を売って介護費用に充てようとしたとします。しかし、親名義の不動産は、親が認知症になってしまうと原則として売却できません(契約行為ができないため)。 家族信託を使って事前に名義を子どもの管理下に移しておけば、親が認知症になった後でも、子どもの判断で実家を売却し、そのお金を親の施設代に充てることが可能になります。非常に便利ですが設計が複雑なため、必ず司法書士や弁護士などの専門家に相談して進めましょう。
7. 6つ目:医療・介護の意思表示(ACP)
「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」、通称「人生会議」と呼ばれるものです。 将来、自分の意思を伝えられなくなったときに備え、どのような医療や介護を受けたいか、誰に代弁してほしいかを家族や医療・ケアチームと事前に話し合い、共有しておくプロセスのこと。
私たち薬剤師の視点からも、これは非常に重要です。 単に「胃ろうなどの延命治療をするか・しないか」だけでなく、「最期まで口から食べる楽しみを残したい」「たくさんの薬を飲み続けるのが苦痛だから、本当に必要な薬だけに減らしてほしい」「最期は住み慣れた自宅の畳の上で迎えたい」といった、生活の質(QOL)に関わる細やかな希望を話し合う場だからです。書面に残す場合は「事前指示書(リビングウィル)」として記録しておくと、いざという時の医師の判断材料になります。
8. 7つ目:重要書類の保管方法を決める
「親の保険証が見当たらないから、今日の薬代は全額自費(10割負担)で払います…」 薬局のカウンターで、慌ててお財布を開くご家族。これも認知症の初期によく見られる光景です。認知症が始まると「大切なものをしまい忘れる」ことが増えます。
- 公正証書や契約書
- 年金手帳や健康保険証、お薬手帳
- 実印と印鑑登録証
- 通帳やキャッシュカード
これらの重要書類は、親が元気なうちに「どこに保管しているか」を必ず共有し、必要であれば家族がまとめて管理するルールを決めておきましょう。耐火金庫の利用や、信頼できる専門職の事務所に預けるサービスを利用するのもひとつの手です。
9. 8つ目:早めの専門職相談
ここまで7つの準備をご紹介しましたが、これを家族だけで完璧にこなすのは至難の業。法律や介護の制度は複雑に絡み合っています。だからこそ、早めに専門職を頼ることが成功の秘訣です。
- 地域包括支援センター・ケアマネージャー: 介護保険サービスの利用や生活全般の悩み相談
- かかりつけ薬剤師・医師: お薬の管理の工夫(一包化、お薬カレンダーの活用など)や健康状態の把握
- 司法書士・弁護士: 任意後見や家族信託、財産管理の法的な手続き
今の時代は「多職種連携」といって、医療・介護・法律の専門家がチームを組んでひとりの高齢者を支える体制が整っています。一人で抱え込まず、まずは身近な薬局や地域包括支援センターにフラッと相談に立ち寄ってみてください。
10. まとめ

親が認知症になる前に準備しておくことは、将来のトラブルを防ぐだけでなく、ご家族の介護負担を劇的に軽くし、親御さん自身の「こう生きたい」という尊厳を守るために不可欠です。
- 家族で将来の希望を話し合う
- 財産や契約の棚卸し
- 任意後見契約の検討
- 財産管理契約の活用
- 家族信託の検討
- 医療・介護の意思表示(ACP)
- 重要書類の保管方法を決める
- 早めの専門職相談
これらすべてに共通する合言葉は「まだ元気なうちに」。 お盆やお正月など、家族が集まるタイミングは絶好のチャンスです。照れくさいかもしれませんが、ぜひこの記事をきっかけに、大切な家族の未来について言葉を交わしてみてくださいね。
【出典】
- 厚生労働省研究班(九州大学等)「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(2024年5月発表)
- 厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」
「最近、親がひとりで出かけたまま道に迷ってしまったらどうしよう…」
薬局のカウンターでも、ご家族からそんな不安の声をよく耳にします。そこでおすすめなのが、靴やカバンにそっと忍ばせておける超小型の「GPS見守り端末」です。月額数百円から利用でき、お手持ちのスマートフォンでいつでも親御さんの居場所を確認可能。離れて暮らす親の安全と、ご家族の心の平穏を守るための心強い味方になってくれます👇
「親の預金や介護の希望について話し合いたいけれど、どう切り出せばいいか分からない」 「縁起でもないと怒らせてしまわないか不安……」 頭では分かっていても、いざ面と向かって話を振るのは勇気がいりますよね。
薬局の窓口でも、「親がどこに通帳をしまっているのか分からない」「どんな保険に入っているか知らなくて、入院手続きで慌てた」というご家族の声を毎日のように耳にします。
そこでおすすめしたいのが、市販の「エンディングノート」の活用です。 名前こそエンディングですが、実はこれ、「親がこれからの人生を安心して過ごすための引き継ぎ帳」のようなもの👇
「介護とお金のトラブル」を未然に防ぐために、ぜひ一度目を通しておいていただきたいのが『親が認知症になる前に知っておきたいお金の話』という一冊です。
難しい法律や専門用語は少なく、実家をどうするか、口座の管理を誰に任せるかといった家族のリアルな疑問に分かりやすく答えてくれます。具体的な対策が事前にわかるため、親御さんと話し合う際の心強いガイドブックになってくれます👇

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