はじめに:薬の管理、一人で抱え込んでいませんか?
「また薬が余っている……」 「さっき飲んだばかりなのに、また飲もうとしている」 「薬を床にばら撒いてしまった」
毎日、こうしたトラブルに直面し、ため息をついているご家族や介護職の方は少なくありません。認知症の方にとって、決められた通りに薬を飲むことは、私たちが想像する以上にハードルの高い行為です。
しかし、うまくいかないのは「本人の病気のせい」だけでも、ましてや「介護の仕方が悪いせい」でもありません。多くの場合、「薬を飲むための環境」が本人に合っていないことが原因です。
この記事では、薬剤師としての視点から、認知症の方の服薬ミスを減らすための具体的な環境整備の方法をご紹介します。これらは推測ではなく、実際の医療・介護現場で効果が実証されている方法です。少しの工夫で、ご本人も、そしてサポートする皆様も、もっと安心して過ごせるようになるはずです。
1. なぜ服薬ミスは起こるのか?7つの背景と対策

服薬ミスを減らすためには、まず「なぜ飲めないのか」「なぜ間違えるのか」という理由を知ることが解決への近道です。ここでは主な7つの原因と、すぐにできる対策を解説します。
1-1. 飲み忘れ
【結論】記憶の手助けとなる「外部の仕掛け」が必要です。 【理由】 認知症の中核症状である記憶障害により、「薬を飲む」という行為自体や、「今が飲む時間である」こと自体を忘れてしまいます。本人の意思や努力ではカバーできません。 【対策】
- 一包化(いっぽうか): 1回分(朝食後など)の薬を一つの袋にまとめることで、「どれを飲むか」を考える負担を減らします。
- カレンダー・ボックス: 「日付」と「薬」をセットにします。空になっていれば飲んだ、残っていればまだ、と一目で分かります。
- アラーム: スマホや時計のアラームを使い、聴覚に訴えかけて飲む時間を知らせます。
1-2. 重複内服(飲みすぎ)
【結論】薬を本人の視界から「隠す」工夫も時には必要です。 【理由】 「飲んだこと」を忘れてしまい、不安から何度も飲もうとします。目の前に薬があると、反射的に口にしてしまうケースも多々あります。 【対策】
- 管理場所を変える: 食卓に薬を置きっぱなしにせず、服薬の直前に介護者が出すようにします。
- チェック表の活用: 飲んだらカレンダーに「〇」をつける、シールを貼るなど、完了したことを視覚的に残します。
1-3. 取り違え
【結論】「見て分かる」シンプルさが重要です。 【理由】 判断力の低下により、似たような色の錠剤やカプセルを区別できなくなります。また、包装シート(PTPシート)のまま誤って飲み込んでしまう事故も起きています。 【対策】
- 一包化の徹底: 薬剤師に依頼し、必ず一包化してもらいます。シートから出す手間と判断を省きます。
- 場所を分ける: 常備薬やサプリメント、他の家族の薬とは保管場所を明確に分けます。色付きのケースで分類するのも有効です。
1-4. 服薬拒否
【結論】「味」や「伝え方」を変えることで解決する場合があります。 【理由】 「毒を盛られている」という妄想や、薬の苦味、飲みにくさが不快感となり、拒絶につながります。 【対策】
- 剤形(ざいけい)の変更: 口の中で溶ける「口腔内崩壊錠(OD錠)」や、甘みのあるシロップ剤への変更を医師・薬剤師に相談してください。
- 声かけの工夫: 「薬を飲んで!」と命令口調になるのは逆効果です。「血圧を良くして、元気になるものです」「これでお腹の調子が良くなりますよ」と、メリットを短く伝えます。
1-5. 嚥下(えんげ)困難
【結論】「飲み込む力」に合わせたサポートが必要です。 【理由】 加齢や疾患により飲み込む力が弱まり、錠剤が喉につかえたり、口の中に残ったりします。これが誤嚥(ごえん:気管に入ってしまうこと)性肺炎の原因にもなります。 【対策】
- 服薬ゼリーの活用: トロミのあるゼリーで薬を包むと、つるりと飲み込めます。
- 粉砕・簡易懸濁: 医師の指示のもと、薬を粉にしたり、お湯で溶かしたりする方法があります。ただし、粉砕できない薬もあるため必ず薬剤師に確認が必要です。
1-6. 落薬(らくやく)
【結論】物理的なサポートで「落とす隙」をなくします。 【理由】 手の震えや麻痺、視力の低下により、小さな錠剤をつまむのが難しくなります。口元に運ぶ途中で落としてしまい、そのまま見失うこともあります。 【対策】
- 受け皿を使う: 手のひらではなく、スプーンや小さなお皿に薬を乗せて渡します。
- 環境設定: 絨毯の上ではなく、テーブルの上で服薬します。万が一落としても、音がして見つけやすくなります。
1-7. 注意散漫
【結論】「薬に集中できる時間」を作ります。 【理由】 テレビの音や周囲の会話に気を取られ、薬を口に入れたまま噛み砕いたり、出したり、動作が止まってしまいます。 【対策】
- 静かな環境: 服薬時はテレビを消します。
- 見守り: 「一緒に飲みましょう」と声をかけ、飲み込むまで横で見守ります。最後に口の中を見せてもらい、残っていないか確認できれば完璧です。
2. 環境整備の3つの大きな柱

個別の対策に加え、生活空間全体を見直すことで、ミスのリスクは大幅に下がります。
2-1. 薬の整理と「見える化」
ごちゃごちゃした薬箱は混乱の元です。
- 現在飲む薬だけを置く: 過去の余った薬や、頓服薬(症状がある時だけ飲む薬)は別の場所に保管します。
- 日付を見せる: お薬カレンダーは、壁掛けタイプや箱型タイプなど、ご本人が見やすく取り出しやすいものを選びます。
2-2. 飲む時間の「習慣化」
生活のリズムに薬を組み込みます。
- 食事とセットに: 「ごちそうさま」の直後に薬とお茶を出す流れを固定化します。
- 外部通知: 遠距離介護の場合は、スマートスピーカーや見守りカメラの通話機能を使い、定時に声をかけるのも有効です。
2-3. 飲みやすさの「最適化」
本人の能力に薬を合わせます。
- 薬の形を変える: 錠剤が大きい、数が多い場合は、医師に相談して配合剤(2種類の薬が1つになったもの)に変えて減薬したり、形状を変更したりします。
- 道具を使う: 薬を取り出しやすくする自助具や、服薬補助ゼリーを積極的に使います。
3. 多職種連携:プロを頼ってください

服薬管理は、ご家族だけで解決する必要はありません。むしろ、専門家を巻き込むことでスムーズに解決するケースが大半です。
- 薬剤師(在宅訪問): 通院が困難な場合、薬剤師が自宅を訪問し、薬のセット、残薬の確認、副作用のチェックを行います。「お薬カレンダー」へのセットも依頼できます。
- 医師: 薬の数が多すぎる(ポリファーマシー)場合、処方を見直して減薬できる可能性があります。
- ケアマネジャー・介護職(ヘルパーなど): デイサービスでの服薬状況や、自宅での困りごとを共有することで、サービス利用時の服薬支援計画に反映させることができます。
4. 実例紹介:環境を変えて成功したケース
実際の現場であった改善例をご紹介します。
ケース1:飲み忘れが激減(70代男性・アルツハイマー型認知症)
課題: 食卓に薬袋を置いていたが、いつ飲んだか分からなくなり、飲み忘れや重複服用が頻発。 改善策: 壁掛けのお薬カレンダーを導入し、一番目につくテレビの横に設置。飲んだ空袋はカレンダーのポケットに戻すルールにした。 結果: 「空袋がある=飲んだ」と視覚的に理解できるようになり、ミスがなくなりました。
ケース2:拒否がなくなりスムーズに(80代女性・レビー小体型認知症)
課題: 嚥下機能が低下し、錠剤が喉に残る不快感から「薬はいらない」と口を閉ざすようになった。 改善策: 薬剤師と相談し、主要な薬を粉砕して一包化。服薬ゼリーに混ぜて、「美味しいデザートですよ」と声をかけて提供。 結果: 喉のつかえがなくなり、笑顔で摂取してくれるようになりました。
ケース3:落薬防止(80代男性・血管性認知症)
課題: 麻痺があり、PTPシートから出す際に薬を飛ばしてしまう。床に落ちた薬を探して徘徊することも。 改善策: 薬局で一包化してもらい、介護者が袋を開けてスプーンに乗せて手渡す方式に変更。 結果: 自分で開けるストレスから解放され、確実に口に入るようになりました。
5. ご家族・介護者が意識すべき「心構え」
最後に、サポートする皆様に伝えたいことがあります。
- 完璧を目指さないでください。 認知症の症状は日々変化します。昨日できたことが今日できないこともあります。「飲めたら100点」くらいの気持ちでいてください。
- 「記録」は最強の武器です。 「いつ、どんな状況で飲まなかったか」「ふらつきはあったか」などのメモは、医師や薬剤師にとって処方変更の貴重な判断材料になります。
- プロに「丸投げ」してOKです。 薬の管理が負担だと感じたら、すぐにケアマネジャーや薬剤師に相談してください。それは手抜きではなく、適切な介護です。
まとめ

認知症の方の服薬ミスは、本人の性格の問題ではなく、「記憶」「身体機能」「環境」のミスマッチから起こります。
- 一包化やカレンダーで「見える化」する
- 服薬ゼリーや剤形変更で「飲みやすく」する
- 静かな環境と優しい声かけで「安心」を作る
- 薬剤師やケアマネジャーと「連携」する
この4つを意識するだけで、服薬の安全性は劇的に向上します。 薬は、健康な生活を支えるためのものです。その管理が生活を圧迫してしまっては本末転倒です。便利な道具やプロの手を借りて、無理のない環境づくりを一つずつ進めていきましょう。
参考文献・出典
- 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」
- 日本薬剤師会「在宅医療における薬剤師の役割」
- 認知症介護研究・研修東京センター「認知症と服薬管理」
- 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター「高齢者の服薬管理の工夫」
「お薬カレンダーって種類がいっぱいあってどれが良いの?」と迷う方には、ポケットにマチ(厚み)があるタイプが断然おすすめです。 平らなポケットだと、指先がうまく使えない高齢者の方は薬を取り出すのに苦労し、そこでイライラして服薬自体を諦めてしまうことがあります。マチがあれば指がすっと入り、一包化された薬も簡単に取り出せます。 壁にかけるだけで「今日の分はこれ!」と一目でわかるので、ご家族の確認の手間もグッと減りますよ。まずはこういった道具から試してみるのが、環境整備の第一歩です👇

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