認知症の症状は「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」に分けられます。
今回は「行動・心理症状(BPSD)」(以下BPSD)について解説します。
今回の記事は以下の方に向けて記載しました
BPSDに悩んでいる介護者向け
中核症状とBPSDの違いを知りたい方向け
この記事を読めば以下のことがわかります。
BPSDの具体的な症状、原因、対処法がわかる
BPSDの定義
BPSDはBehavioral and psychological symptoms of dementiaの略称です。
国際老年精神医学会の声明(1999年)によると「認知症者にしばしば生じる知覚認識、または思考内容、または気分あるいは行動の障害による症状」と定義されています。
認知症患者は何かしらの中核症状があります。その認知症の人を取り巻く「環境」や「人々のかかわり方」によって発症する本人の「行動」や「精神状態(心理)」です。
症状の種類・原因・対応
時に、BPSDは、本人の生活の質を下げたり、介護者の負担を大きくしたりします。
BPSD対策は、生活の質を保ち、介護の負担をいかに軽減できるかを目標にして、本人の周囲の環境を整えたり、適切なコミュニケーションをとることです。
BPSDの種類別に原因と対応を以下にまとめました。
妄想
財布が盗まれた!
アルツハイマー型認知症の比較的初期に現れる症状です。いわゆる「もの取られ妄想」です。
漠然とした不安の現れ
1人暮らしや完璧主義者に多い
モノを無くすことが続くと、「不安」や「いら立ち」が大きくなります。
特に、1人暮らしで自己管理出来ていた人ほど、自分の認知力低下を受け入れることが出来ず、自分以外の誰かのせいだと思い込む傾向があります。完璧主義者も同じ傾向があるようです。
他人のせいにして、自分を保つ本人なりの対処法なのかもしれませんが、犯人にされた人は困ってしまいます。特に身近な家族で会ったり、介護している方を犯人扱いすることもあります。
本人の言い分は否定しない
一緒に探してあげる。その際、本人に見つけさせる
関わる人を変えたり、増やしたりする
「私じゃない!」と否定すると、本人の思い込みが強固になる場合があります。
「それは大変ですね。一緒に探しましょう」と犯人扱いされたことは無視して、一緒に探す姿勢を見せましょう。その際、注意すべき点は、「本人に見つけさせる」点です。介護者が見つけたよ、と伝えると「やっぱり、あんたが犯人か!」と騒ぎます。財布をそっと本人が見つけやすい場所に置いて、本人に解決させましょう。
また、関わる人を変えたり、増やしたりすることで、特定の人に対する「思い込み」を軽減できる場合があります。ヘルパーを変えたり、デイサービスなどに行ってもらい、関わる人が増えると症状が和らぐこともあります。
モノ取られ妄想は、認知症が進むと、自然と薄れていく症状だったりします。
徘徊・帰宅願望
家にいながら「家に帰る」と言って出かける
介護者から見れば、徘徊は「当てもなくうろうろ歩き回る」と捉えますが、本人は「目的」があって出かけていくのです。
今いる場所が不安だから
見当識障害で「場所」が分からない
家にいながら「家に帰る」は本人にとって安心できる場所ではないのかもしれません。安心を求めて出かけるのです。
また、見当識障害によって「自宅」と認識できないのです。
否定しない・無理に制止しない
外出に付きそう
声かけで安心させる
「家に帰ろうって、ここは家だよ!」と家族が説得しても本人は理解できません。本人の世界観では今いる場所は家ではないからです。「そうか、家に帰る時間か」といったん受け止めてみましょう。
可能なら一緒に外出に付き添います。ある程度、見守りながら歩いて戻ってくれば「家に帰ってきた」と本人が納得します。「見当識障害」があるので、「また同じところに戻ってきた」とは思いません。
夜間など外出しにくい時間帯なら「夜も遅いし、家に帰るのは明日にしましょう」と優しく言ってみるのも効果があるかもしれません。
家に帰ること自体は否定せず、何か理由をつけて先延ばししておけば、徘徊する目的を本人はいずれ忘れてしまいます。
介護抵抗
衣服の交換、おむつ交換、入浴介助など介護に抵抗する
介護抵抗は、非常に悩ましい大きなBPSDです。本人の生活の質に関わる部分なので放っておくこともできないでしょう。
体に触られる理由が理解できず、「嫌なことをされる」と思い込んでいるから
過去の介護で嫌な記憶だけが残っているから
本人のこれから介護サービスを受ける状況や介護者の言葉が理解できず「何をされるか分からない」と不安になって抵抗します。
過去の介助で、本人にとって「突然、服を脱がされた」「よくわからない薬を飲まされた」など嫌な記憶が残っていると抵抗します。
実況中継しながら介護する
介護者は前もって言ったことを本人が覚えていると期待しない
本人に今から何をするか分かりやすく声に出して説明してから、実際の介助を行います。「これからお風呂ですね~」「これからお洋服脱ぐのをお手伝いしますね~」「ボタンをはずすのお手伝いしますね~」と声に出して、本人の反応を見ながら行います。介護者のペースではなく、本人のペースでゆっくりと、急がせないように。このような少しの手間でBPSDという大きな手間を省くことにつながります。
また、介護者は自分の言ったことが本人に通じているとは期待しない方が良いでしょう。「トイレに行きたくなったら声をかけて、と言ったのに、どうして呼んでくれなかったの?」と言ったところで本人からすれば「突然、怒られた」となります。これが続くと「トイレ介助なんて必要ない、あっち行け!」と介護拒否につながります。嫌な思いだけは情動記憶として残るのが認知症の特徴です。
暴言・暴力
介護抵抗しながら「バカヤロウ!」と罵声を浴びせる。
介護者の腕をつねったり、押したり、殴ったりする。
嫌なことをされたり、自分の思い通りにならない時に上記のふるまいをします。介護抵抗は時に自分の身を守ろうとしている防衛反応だったりします。
中核症状によって出来ていたことが出来なくなり、イライラが溜まっているから
不安や恐れが根底にあるから
介護者や家族にかまって欲しいから
患者の多くは「相手を傷つけてやろう」といった悪意はありません。
やり場のない気持ちを暴言や暴力で表現しています。
何に対して怒っているのかも本人はよくわからず興奮している場合もあります。妄想や思い込みが怒りの引き金になることもあります。
失語などで自分の要求を表現できない場合、机をたたいたり、暴れたりして気を引こうとします。寂しい気持ちの裏返しだったりもします。
離れたところから見守る。
周囲にある危険なもの、転倒しやすいものを取り除く
少量の抗精神病薬で落ち着かせる
興奮している患者には、まず近寄らない。注意をしたり、押さえつけようとするのは逆効果です。興奮を助長させるばかりか、介護者が危険です。物を投げたり、つまづいたりするので危険なものは片づける、など周囲の環境を整えましょう。
専門医に相談の上、少量の薬で落ち着かせて、介護介入がしやすい状況を作ってからコミュニケーションをとったり、介助します。
本人の「目線」に注視すると興奮状態なのか判別が出来ます。
興奮期は「他人と目を合わせない」が特徴です。また表情は苦しそうな、怒った顔だったり、眉間にしわを寄せて難しそうな表情をしています。会話がほとんど成立しません。
一方、「目を合わせるようになった」場合、一定の興奮状態を過ぎたと判断できます。その場合、介護介入できる余地が出来てきた状況です。遠くから見守るばかりでなく、少しずつコミュニケーションをとりましょう。
幻視・幻覚
お皿の上に虫が這っている
幽霊や小人が見えると言う
家に知らない人がいると訴える
特にレビー小体型認知症は、「幻視」を伴うことが多く、初期の段階から訴えるので診断の基準になります。
幻視のタイプも進行度に応じて見えているものが異なります。
恐怖を伴う幻視は、もっとも不安が強い時に生じます。自分の周りの人が「怖い人」に見える幻視と妄想を伴います。「家に知らないヒトがいる」は不安の現れなのです。
恐怖や不安を伴わない幻視もあります。「小人が見える」「小動物や子どもがいる」「亡くなった家族が見える」は本人にとって親しみのある幻視です。いるはずのない相手と楽しそうに会話することもあります。
視覚を担当する後頭葉が障害されるから(レビー小体型認知症)
模様や人影を見間違う「錯視」を起こすから
幻視の訴えを否定しない
「錯視」を起こしやすい模様やガラを変更する。
幻視の訴えを否定せず、かつ過度に肯定もせず、話を聞いてあげるだけで落ち着きます。部屋を明るくして、幻視のモノを触ってもらうことで不安が和らぐこともあります。
「お皿の上に虫が這っている」はお皿の模様を虫と見間違うからです。ハンガーにかけた衣服を幽霊だと見間違います。そのように模様や置いてあるものを整理することで、錯視による不安を軽減できます。錯視による幻視のストレスが長期に及ぶと不穏になり、介護拒否が起こったりするので注意が必要です。
異食・過食・拒食
(異食)手にしたものを口に入れる
(過食)食事したこと自体忘れ、何度も食事を要求する
(拒食)食事の時間になっても、食べない。食べさせようとしても拒む
異食は、なんでも口に入れてしまう「赤ちゃん返り」。失認、判断力低下で、しばしば「前頭側頭型認知症」に見られます。のどに詰まらせて、大変危険です。他人の食事を勝手に食べてしまうこともあります。
(異食)食べられるものとそうでないものの判断がつかない。失認。
(過食)短期記憶の欠落。満腹中枢の低下
(拒食)食べ物と認識できない。食事の仕方がわからない。集中できない。うまく飲み込めない
(異食)口に入れて危険なものは周囲に置かない
(過食)「食事はまだかね?」「今作っているところです」と先送りする。食後の食器はすぐ片づけず、食後なのを認識してもらう。
(拒食)食器を変える。食べ方をマネしてもらう。テレビなど消す。とろみで一工夫
異食の場合、さすがに見守りだけでは、対応になりません。注意深く見て、口に入りそうなものは先を読んで撤去します。危険なものは飲ませないようにします。
過食の場合、要求どおり与え続けるのも限度があります。水分などにすり替えたり、何か理由をつけて先送りしましょう。「さっき食べたでしょう!」と否定するのはBPSDが悪化します。
拒食は、認知症の症状が絡み合って起こります。食器を変える目的は、お皿と食べ物を区別してもらうため。食事が、お皿のガラに見えているのかもしれません。無地の食器で解決することもあります。
食べ方が分からない。お箸やスプーンの使い方が分からない場合、本人に食器を握らせて、最初に一口だけ口に運んであげたりすると、後が続くことがあります。
集中力が落ちているので、周りが賑やかだと、食事に集中しません。テレビを消したり、場所を変えたり、優しく声をかけたり、集中できる環境を作ることで、食べ始めるケースがあります。
飲み込む自信がないと食事を拒否したりします。レビー小体型認知症は、嚥下能力が落ちるので水分摂取や食事を拒否する人が目立ちます。きざみ食品やとろみをつけて、飲み込みやすい工夫でまずは対応しましょう。
不潔行為
排泄物で自分や周囲を汚してしまう。
おむつを外したり、便器でない場所で用を足す。
汚れた下着を隠したりする
介護者の大きな負担になるBPSDです。基本的な日常生活の動作が低下が進むと現れてきます。
汚れたおむつが不快だが、言葉で伝えることができず、自分で何とかしようしてしまうから
トイレの場所がわからず間に合わないから
トイレで失敗した経験があり、恥ずかしいし、怒られたくないから
失語などで介護者にトイレの状況を伝えようにも伝えられず、排泄物を自分で何とかしようを考えてしまいます。実行機能障害により、結果として自分ではなんとも出来ず、手に付いた汚物を手すりになすり付けたり、布団を汚してしまいます。周囲から見れば、便で遊んでいるように映り「ろう便」と表現されたりします。
「トイレに行きたい」という認識があっても場所が分からなくなっています。たどり着く前に、失禁や別の場所でやってしまいます。
トイレで失敗した経験で、介護者に責められた記憶は残っています。恥ずかしい気持ちも情動記憶で残っています。他人に知られたくなくて、汚れた下着をタンスに隠したりするのです。
トイレの失敗は責めない
排便のリズムを観察し、排泄介助やおむつ替えのタイミングを見直す。
排泄物で汚したことをなじったり、トイレの失敗を責めると、「汚れた下着の隠蔽」という形で介護者に返ってきます。叱らないようにしましょう。
排泄行為は、日常生活の中である程度ルーティン化できます。排泄介助やおむつ替えの間隔が長いのか短いのか、回数は適切か、状態に合わせて見直すことで、不潔行為を鎮めることが出来ます。排便コントロールのための下剤の服用も適正なのか、チェックも必要です。
パーキンソン症候群
手足の震え
体がこわばっている
姿勢保持が心もとない、転倒しやすい
表情がとぼしい
レビー小体型認知症の特徴で、パーキンソン症候群が多く見られます。
αシヌクレイン(脳内のゴミ)がパーキンソン病と同じ脳内の場所で脳細胞を壊すから。
その結果、パーキンソン病と同じような症状を引き起こす。
βアミロイドやタウタンパク質(どちらも脳内のゴミ)だけでなく、レビー小体型認知症患者に特徴的なαシヌクレインが細胞を障害します。
転んでもケガしないよう、マットやクッションなどで環境を整える
筋力が衰えないよう、転倒に注意して、リハビリや日常動作のサポートを行う
力の必要な介助は複数人で行う(単独介助は転倒のリスクを高める)。
薬物療法ではL‐ドパ、その他の必要最低限の抗パーキンソン治療薬を投与する
「体がこわばっているから、歩くと危険」と言って、安静にばかりしていると、筋力が低下し、虚弱状態(フレイル)になってしまいます。転倒に注意を払いながら、リハビリをして筋力を落とさないようにします。特にベッド回りには転倒してもいいようにマットやクッションで環境を整えましょう。レビー小体型認知症の治療と同時にパーキンソン症候群の治療も同時に行います。
睡眠障害
眠れない。夜間に何度もナースコールを押す
日中ウトウトしている
寝ているのに、大声を出したり、体を激しく動かす
本人が夜間寝てくれないと、介護者にも影響します。
寝ているのに、患者が暴れだすのは悪夢を見て、体が動いています。「レム睡眠行動障害」と言われ、レビー小体型認知症の特徴の一つです。
睡眠のリズムが作れていないから(昼に寝て、夜起きる昼夜逆転のリズム)
睡眠薬など薬の副作用かも。
日中の不安が十分解消できていないから。
日中は活動的に過ごす。夜は寝る、といった生活リズムを整える
傾眠を引き起こす薬などの見直し
日中は「できるだけベッドから離れて過ごす」「日光浴をする」「長時間の昼寝は避ける」「会話する」「利用者同士、お茶の時間を設ける」「レクリエーションやリハビリする」「テレビを見る」など活動的に過ごせるように工夫します。昼間の不安も可能な限り対応して、夜に持ち越さないようにしておくと介護者の負担も減ります。
高齢者は多くの薬を服用しています。翌日の傾眠を引き起こす安定剤や睡眠剤を飲んでいる場合、傾眠が起きていないか、程度はどうなのかをよく観察し、処方内容の見直しも必要です。
レム睡眠行動障害には、悪夢を引き起こす眠剤や安定剤を見直したり、抗てんかん薬クロナゼパム(リボトリール、ランドセン)を投与して症状を鎮めるケースもあります。
不安・抑うつ
家の中でじっとしていて活動しない
人に会うことが億劫になり、外に出たがらない
日中の活動が低下すると、昼寝の頻度が増えて、昼夜逆転が起きやすくなります。睡眠のリズムが作れないと不眠が増えてさらにうつ状態が悪化するといった悪循環に陥りやすいです。
出来ない事、分からない事が増えて自信をなくしているから
コミュニケーションがうまく取れず、ヒトと関わりたくないから
失敗体験を減らす安心できる環境を作る。
残存機能をつかって成功体験を積ませる。
否定せずに、共感的な姿勢でコミュニケーションを図る。
昼夜逆転にならないように日中の活動に可能な範囲で参加を促す。
認知症の方の多くは「不安」を抱えています。「わからない」「出来なくなった」が積み重なると、不安にならないヒトはいません。特に認知症の方は、出来なくなった内容を覚えていませんが「不安」の感情は情動記憶に残ります。本人に安心してもらえるような対応が、正解なのですが、やってみないと分からない事がほとんどで、長年、本人に向き合ってきても、介護者はいつも対応に悩んでいます。
介護を持続的に行うためには、「昼夜逆転」にならないよう、生活のリズムを整えたいものです。
脱抑制
赤信号で止まらない
悪びれもなく万引きをくり返す
「人間らしさ」が失われ、社会的な問題を引き起こす
前頭側頭型認知症でみられるBPSDです。「抑制」を「脱」なので、「抑制が効かない」という意味です。「社会的な善悪の判断が出来ない」「ルールを守らない」「欲求のまま突き進む」など、介護が最も難しいBPSDです。
暴言・暴力をくり返し、自分勝手で反社会的な行動をしていくと、他者との人間関係も壊れていき、孤立を深めていきます。
理性や判断をつかさどる前頭葉が障害されるから
明確な治療法もなく、薬物療法が基本
少量の抗精神病薬、抗てんかん薬、抗うつ剤、鎮静系の漢方など組み合わせて、問題行動を軽減し、介護介入できる下地を作ります。
BPSDのまとめ
実に様々なBPSDがあり、環境や本人へのかかわり方、本人の元々の性格や合併している疾病によっても症状が出たり出なかったりするものだから、正解な対応は一律にあるとは言い切れません。対応してみないと分からないことも多いでしょう。
どの対応でも概ね共通していることは「本人を否定しない」「本人の世界観に合わせる」です。
BPSD対策は、本人の周囲の環境を整えたり、適切なコミュニケーションをとることで、本人の生活の質を保ち、また介護者の負担を少なくしていきたいものですね。
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