【薬剤師解説】アルツハイマー型認知症の初期症状と進行|物忘れとの違い

生活支援

「最近、母との会話が噛み合わないんです」 「財布を盗まれたと、父が騒ぐようになって……」

こんにちは、「オレンジ色の薬剤師」ことレンジです。 薬局の窓口や在宅訪問の現場では、ご家族からこのような切実な相談を受けることが増えています。 「年のせいだから仕方がない」 そう思って様子を見ているうちに、気づけば生活が立ち行かなくなっていた――。そんなケースも少なくありません。

認知症の中で最も多い「アルツハイマー型認知症」。 この病気は、ある日突然なるものではなく、脳の中で20年以上かけて静かに進行してから発症します。だからこそ、「あれ?」と思ったときの初期対応が、その後のご本人とご家族の人生を大きく左右します。

この記事では、現役薬剤師の視点から、アルツハイマー型認知症の**「正体」「初期サイン」「進行のリアル」について、専門用語を噛み砕いて解説します。 教科書的な説明だけでなく、「現場で何が起きているか」**という視点でお伝えしますので、ぜひ最後までお付き合いください。


1. アルツハイマー型認知症の正体

まず、この病気が体の中でどういう状態なのか、イメージを共有しましょう。

1-1. 脳が縮んでいく病気

アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が少しずつ死滅し、脳全体が萎縮していく(縮んでいく)病気です。 特に、**「海馬(かいば)」**という部分が最初にダメージを受けやすいのが特徴です。海馬は、新しい記憶を一時的に保管する「脳のメモ帳」のような役割をしています。ここが壊れることで、「ついさっきの出来事」が記憶できなくなります。

1-2. 脳に溜まる「ゴミ」が原因?

なぜ神経細胞が死んでしまうのでしょうか。現在の医学では、主に2つの物質が悪さをしていると考えられています。

  1. アミロイドβ(ベータ): 脳内に溜まる「シミ」のようなタンパク質です。これが発症の20年ほど前から蓄積し始め、神経細胞を外側から圧迫したり毒性を出したりします。
  2. タウタンパク: 神経細胞の中に溜まる糸くずのようなものです。これが溜まると、細胞が内側から壊れて死滅します。

これらが蓄積する原因は完全には解明されていませんが、加齢や生活習慣、遺伝などが複雑に絡み合っているとされています。


2. 「ただの物忘れ」どう違う?初期症状のチェックリスト

ここが最も重要なポイントです。 「加齢による良性な物忘れ」と「認知症の初期症状」は、似ているようで決定的に違います。

2-1. 「体験」そのものが消える

以下の違いを見てください。

  • 加齢による物忘れ:
    • 朝ごはんに「何を食べたか」思い出せない。
    • ヒント(例:「パンでしたよ」)と言われれば、「ああ、そうだった」と思い出せる。
    • 自覚がある(「最近忘れっぽくて困る」と言う)。
  • アルツハイマー型の物忘れ:
    • 朝ごはんを「食べたこと自体」を忘れている(「まだ食べていない!」と怒る)。
    • ヒントを出されても思い出せない。
    • 自覚がない(「私はボケていない」と言い張ることがある)。

これを専門的には「エピソード記憶の障害」と呼びます。記憶の一部ではなく、出来事全体がごっそりと抜け落ちてしまうのです。

2-2. 時間と場所の感覚が消える(見当識障害)

初期の段階でよく見られるのが、「今日がいつか」「ここがどこか」がわからなくなる症状です。

  • 何度も「今日は何日?」と聞く。
  • 約束の日時を守れなくなる。
  • 慣れ親しんだ散歩道で迷子になる。

2-3. 「実行機能」の低下

料理や仕事など、段取りが必要なことができなくなります。

  • 得意だった料理の味が変わる、同じメニューばかり作る。
  • テレビのリモコンや洗濯機の使い方がわからなくなる。
  • スーパーで小銭の計算ができず、お札ばかり出す(財布が小銭でパンパンになる)。

2-4. 意欲の低下(アパシー)

「うつ病かな?」と間違われやすいのがこれです。

  • 大好きだった趣味(囲碁や編み物など)をやらなくなる。
  • 身だしなみに気を使わなくなる。
  • 外出をおっくうがる。

3. なぜ起きるのか?知っておきたいリスク要因

「うちの親は頭を使っていたのに、なぜ?」 そう聞かれることがよくあります。原因は一つではありませんが、以下の要因がリスクを高めると言われています。

  1. 加齢: 最大のリスク要因です。85歳以上では4人に1人以上が認知症とも言われます。
  2. 生活習慣病: 糖尿病、高血圧、脂質異常症は、脳の血管や神経にダメージを与えやすく、アルツハイマー型のリスクを数倍に高めるとのデータがあり。
  3. 難聴・社会的孤立: 耳が聞こえにくくなると、脳への刺激が減ります。また、人との会話が減ることも脳の機能低下を招きます。
  4. 頭部外傷: 過去に激しいスポーツや事故で頭を打った経験もリスクの一つです。

4. 進行のステップ:軽度・中等度・重度

アルツハイマー型認知症は進行性の病気です。 これからの見通しを知っておくことで、家族は「心の準備」と「介護の準備」ができます。

4-1. 軽度(初期):IADLの低下

「あれ? おかしいな」の時期です。 身の回りの自立(食事やトイレ)はできますが、**IADL(手段的日常生活動作)**と呼ばれる、少し複雑なことができなくなります。

  • 症状: 直前のことを忘れる、ATMの操作ができない、薬の管理ができない、買い物で同じものを買う。
  • 家族の対応: 「さっき言ったでしょ!」と責めないことが大切。否定されると不安が強まり、症状が悪化します。お金の管理や服薬管理のサポートを始めましょう。

4-2. 中等度(中期):ADLの低下とBPSD

介護負担が急激に増える時期です。 着替えや入浴、トイレなど、基本的な**ADL(日常生活動作)**に介助が必要になり始めます。 また、この時期に多くのご家族を悩ませるのが、**BPSD(行動・心理症状)**です。

  • 中核症状(記憶障害など)以外の症状(BPSD):
    • 徘徊(はいかい): 外に出て行き、戻れなくなる。
    • 妄想: 「財布を嫁に盗まれた」(物盗られ妄想)、「知らない人が家にいる」。
    • 介護抵抗・暴力: お風呂に入りたがらない、叩く。
    • 不潔行為: トイレ以外で排泄してしまう。

これらは、「わからなくなってしまった不安」や「自尊心を傷つけられた悲しみ」が行動として表れていることが多いです。

4-3. 重度(後期):全介助の状態

身体機能も低下する時期です。 言葉によるコミュニケーションが困難になり、表情も乏しくなります。

  • 症状: 家族の顔がわからなくなる、歩行が困難になる、食べ物を飲み込めなくなる(嚥下障害)、失禁する。
  • 対応: 寝たきりになることが多く、誤嚥性肺炎などの感染症に注意が必要です。24時間のケアが必要となるため、施設入所や医療的ケアが中心となります。

5. 薬剤師が教える「治療と薬」のリアル

「認知症は治らないんですよね?」 正直にお伝えすると、一度死滅した神経細胞を元通りに生き返らせる治療法は、まだありません。 しかし、**「進行を遅らせる」「症状を和らげる」**方法はあります。

5-1. 既存の抗認知症薬(対症療法)

現在、日本で広く使われている薬は4種類あります(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン)。 これらは、脳内の神経伝達物質(アセチルコリンなど)を増やして、一時的に脳の働きを活性化させるものです。「電池切れかけたおもちゃに、少し電圧の高い電池を入れる」ようなイメージで、根本治療ではありませんが、進行を緩やかにしたり、意欲を高めたりする効果が期待できます。

5-2. 新しい光:疾患修飾薬(レカネマブなど)

2023年、新しいタイプの薬「レカネマブ」が承認され話題になりました。 これは、原因物質である**「アミロイドβ」そのものを脳内から除去する**薬です。進行そのものを抑制する効果が証明されています。 ただし、対象は「軽度認知障害(MCI)」や「極めて初期の認知症」に限られ、定期的な点滴やMRI検査が必要など、使用のハードルはまだ高いのが現状です。


6. 家族ができること、社会ができること

認知症介護は、出口のないトンネルに例えられます。しかし、一人で歩く必要はありません。

6-1. 「否定しない」会話術

ご本人の言うことが事実と違っていても、否定せずに受け入れることが基本です。 例えば、「財布がない!盗まれた!」と言われたら、「盗んでないよ!」と反論するのではなく、「財布が見当たらないのね、それは困ったね。一緒に探そうか」と感情に寄り添う(共感する)ことで、ご本人の興奮が収まることがあります。

6-2. 早めにプロを頼る

「家族だけでなんとかしよう」と思うと、共倒れになります。

  • 地域包括支援センター: 高齢者の「よろず相談所」です。まずはここに電話してください。
  • ケアマネージャー: 介護保険サービスの利用計画を作ってくれるパートナーです。
  • 認知症カフェ: 同じ悩みを持つ人と交流できる場所です。

これらを活用し、デイサービスやショートステイを利用して、**「介護から離れる時間」**を作ってください。それは逃げではなく、長く寄り添うために必要な休息です。


7. まとめ

アルツハイマー型認知症について解説しました。 ポイントを振り返りましょう。

  1. 脳の萎縮とアミロイドβの蓄積が主な原因。
  2. 物忘れ(体験の喪失)と見当識障害(時・場所の喪失)が初期サイン。
  3. 早期発見ができれば、薬や環境調整で進行を緩やかにし、本人の意思を尊重した生活設計が可能になる。
  4. 一人で抱え込まず、医療・介護のプロとチームを組むことが大切。

「もしかして?」と思ったら、かかりつけ医や「もの忘れ外来」を受診してください。 そして、お薬のことや日々の困りごとは、私たち薬剤師にも気軽に相談してくださいね。薬の管理方法(一包化やカレンダーなど)の工夫で、生活が楽になることもたくさんあります。

正しい知識は、不安を減らす一番の薬です。


出典・参考文献

  • 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」
  • 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」
  • 国立長寿医療研究センター「認知症情報」
  • アルツハイマー病国際協会(ADI)レポート

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「母が散歩に出たまま帰ってこないかもしれない……」 そんな不安で、仕事中もスマホが気になっていませんか? 徘徊(ひとり歩き)は、ご本人は目的があって歩いているのですが、家族にとっては命に関わる心配事です。かといって、ずっと鍵をかけて閉じ込めるわけにもいきません。

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