薬局のカウンターに立っていると、認知症のご家族を介護されている方から、切実なご相談をいただきます。
「最近、父の怒りっぽさが尋常じゃないんです」 「母が私のことを『財布を盗んだ人』だと言って聞かなくて……」
これらは、アルツハイマー型認知症の進行過程で現れる**「BPSD(行動・心理症状)」と呼ばれるものです。特にご家族にとって精神的・身体的負担がピークに達するのが、今回解説する「混乱期」**です。
認知症は「ただ物忘れをする病気」ではありません。進行には段階があり、その段階ごとに現れる症状や必要なケア、適した薬が変わります。
今回は、アルツハイマー型認知症の4つの病期の中でも、特に変化が激しい**「第2期:混乱期」と、その後に訪れる「第3期:依存期」**に焦点を当て、薬剤師とケアマネジャーの視点を交えて詳しく解説します。
1. アルツハイマー型認知症の進行「4つのステージ」

まず、全体像を把握しましょう。アルツハイマー型認知症は、一般的に以下の4つの段階を経て進行します。
- 第1期:初期(健忘期)
- 物忘れが目立ち始めるが、日常生活はなんとか送れる段階。
- 第2期:中期(混乱期)
- 理解力や判断力が低下し、BPSD(徘徊、妄想、興奮など)が活発になる段階。介護者の負担が最も大きい時期です。
- 第3期:後期(依存期)
- 身体機能が低下し、BPSDは落ち着くものの、日常生活全般に介助が必要になる段階。
- 第4期:末期(寝たきり期)
- 運動機能が著しく低下し、寝たきりとなり意思疎通が困難になる段階。
多くのご家族が「もう限界かもしれない」と感じるのは、第2期の**「混乱期」**です。ここをどう乗り越えるかが、在宅介護を継続できるかの分かれ道となります。
2. 【第2期】混乱期:嵐のようなBPSDとの向き合い方
「混乱期」という名前の通り、患者さん本人の頭の中でも、周囲の環境でも、大きな混乱が起きている時期です。
なぜ「混乱」するのか?
脳の神経細胞の破壊が進み、記憶障害だけでなく、時間や場所がわからなくなる「見当識障害」が進行します。「ここはどこ?」「今はいつ?」「目の前の人は誰?」という不安が常に襲ってくる状態を想像してください。その強烈な不安や恐怖が、攻撃性や徘徊といった行動として表出するのです。
混乱期に見られる主なBPSD
- 徘徊(はいかい): 家にいても「家に帰る」と言って出ていこうとする。
- 易怒性(いどせい)・攻撃性: 些細なことで激昂したり、暴力を振るったりする。
- 妄想(もの盗られ妄想): 「嫁が通帳を盗んだ」など、身近な人を疑う。
- 介護拒否: 入浴や着替えを頑なに拒む。
- 失禁・不潔行為: トイレの場所や使い方がわからなくなる。
薬剤師レンジの視点:この時期の「薬」の考え方
混乱期の激しい興奮や妄想に対しては、以下のような薬学的アプローチが検討されます。
- 抗認知症薬の調整
- ドネペジル(アリセプト)などのコリンエステラーゼ阻害薬は、意欲を高める一方で、副作用として「興奮」や「怒りっぽさ」を強めてしまうことがあります。症状が激しい場合は、医師と相談して**メマンチン(メマリー)**への変更や併用を検討します。メマンチンは神経の興奮を抑え、気持ちを穏やかにする作用が期待できます。
- 向精神薬の慎重な使用
- 不眠や強い攻撃性があり、ご家族の安全が脅かされる場合は、抗精神病薬や睡眠導入剤が処方されることがあります。ただし、これらは「ふらつき(転倒リスク)」や「過鎮静(ぼーっとする)」の副作用があるため、**「少量から開始し、必要最小限にとどめる」**ことが鉄則です。
ケアマネジャーのアドバイス:環境調整
(※以下、ケアマネジャー小笠原さんのアイコンが入るイメージ) 「混乱期の対応は、ご家族だけで抱え込まないことが全てです。この時期は『本人のこだわり』が強くなる時期でもあります。
- 否定しない: 『盗んでない!』と言い返すのではなく、『探してみましょうか』と一緒に探すふりをする。
- デイサービスの活用: ご家族が離れる時間を作ることが最優先です。入浴拒否がある場合、デイサービスのプロの手なら入れることも多いのです。」

3. 【第3期】依存期:静かなる衰えと新たな課題
嵐のような混乱期が過ぎると、少しずつBPSDは落ち着きを見せ始めます。これが**「依存期」**です。ご家族としては精神的な衝突が減ってホッとする反面、身体的なケアの比重が大きくなります。
依存期の特徴
- BPSDの鎮静化: 徘徊や攻撃性が減り、穏やかになることが多いです。
- 身体機能の低下: 歩行が小刻みになったり、バランスを崩しやすくなったりします(パーキンソニズム)。
- 失語・失認・失行: 言葉が出にくくなる、道具の使い方がわからなくなる、家族の顔がわからなくなる。
- 意欲低下(アパシー): 何もしないで一日中ぼんやりと過ごす時間が増えます。
依存期のケアのポイント
「手がかからなくなった」と放置してしまうと、筋力や認知機能が一気に低下し、寝たきり(第4期)への移行を早めてしまいます。
- スキンシップ: 言葉でのコミュニケーションが難しくても、手を握る、背中をさするといった非言語コミュニケーションが安心感を与えます。
- 食事介助: 飲み込む力(嚥下機能)が低下してくるため、食事形態を刻み食やミキサー食に変更したり、とろみ剤を活用したりする必要があります。
薬剤師レンジの視点:依存期の「薬」の見直し
依存期に入ると、活動量が減るため、混乱期に使っていた「鎮静させる薬(抗精神病薬など)」が効きすぎてしまうことがあります。
- 減薬の提案: 以前は暴れていたから飲んでいた薬が、今は過度な眠気を招き、誤嚥(ごえん)の原因になっていることも。「最近、日中ずっと寝ているな」と感じたら、薬剤師にご相談ください。処方を見直すタイミングかもしれません。
4. 薬剤師が教える「BPSD」と「薬」の付き合い方 Q&A
Q. 薬を飲ませれば、認知症は治りますか? A. 残念ながら、現時点では根本治療薬は一般的ではありません。 現在使われている抗認知症薬(アリセプト、レミニール、リバスタッチ/イクセロンパッチ、メマリー)は、進行を**「緩やかにする」**ためのものです。しかし、BPSD(興奮や不安など)については、薬の調整で劇的に改善するケースも多々あります。「治らないから飲まない」ではなく、「穏やかに過ごすために調整する」という意識が大切です。
Q. 貼り薬(パッチ剤)とかゆみの問題は? A. リバスタッチやイクセロンパッチは、飲み込みが悪い方(依存期以降)に有効です。 しかし、皮膚がかぶれることがあります。貼る場所を毎回変える(背中の右→左→肩など)、保湿剤を併用するなど、スキンケアが重要です。
5. まとめ:プロを頼る勇気を持ってください

アルツハイマー型認知症の介護は、10年以上続くことも珍しくありません。特に「混乱期」の壮絶さは、経験した人にしか分からない苦しみがあります。
重要なのは、この混乱期が「永遠には続かない」と知ることです。 いずれ「依存期」が訪れ、症状は変化します。その時々のステージに合わせた対応をすれば、ご本人もご家族も、穏やかな瞬間を取り戻すことができます。
私たち薬剤師は、薬の調整を通じてBPSDのコントロールをお手伝いできます。ケアマネジャーは、介護サービスの利用を通じてご家族の休息を作ります。
どうか一人で抱え込まず、薬局のカウンターや地域包括支援センターで、「今、こんな状態で困っている」と吐き出してください。それが、解決への第一歩です。
【出典・参考文献】
- 厚生労働省「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス 認知症」
- 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」
- PMDA「各医薬品添付文書(ドネペジル、メマンチン等)」
- 公益社団法人 認知症の人と家族の会
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