「ユマニチュード」というケア技法をご存知でしょうか?
これはフランスで生まれたケアの哲学・技術で、特に認知症の方への対応に効果的として注目されています。
医師や看護師、介護職が活用しているイメージがありますが、実は薬剤師でも十分に実践できるアプローチです。
薬剤師は、日々多くの患者さんと接していますが、その時間は決して長くはありません。だからこそ、その「短い時間でどれだけ安心感を与えられるか」が、患者さんとの信頼関係に直結します。
本記事では、薬剤師の立場から見た「ユマニチュードの活用法」について、在宅や薬局などさまざまなシーンに応じて考察します。
ユマニチュードとは?――人間らしさに寄り添うケアの哲学

ユマニチュード(Humanitude)は、「人間らしさ=Humanity」に由来する言葉で、「その人をその人らしく尊重するケア」を実践するための技術と哲学です。
ケアの現場でしばしば問題になるのは、「介護する側の効率」が重視されることで、受ける側の感情や尊厳が置き去りになることです。ユマニチュードはそれを防ぎ、「人として丁寧に向き合う」ことを重視します。
その基本となるのが、以下の「4つの柱」です。
1. 見る(=さりげなく視界に入り、驚かせない接し方)
ユマニチュードでいう「見る」は、真正面から視線を合わせて凝視することではありません。
むしろ、相手が不安や警戒を抱かないよう、「さりげなく視界に入ること」「驚かせないこと」を意識します。
たとえば、いきなり後ろから声をかけたり、上から覗き込んだりすると、相手にとっては脅威になります。特に認知症のある方にとって、唐突な動きは混乱や拒否につながります。
薬剤師が訪問や対面で関わるときは、まず相手の横や斜め前から、自然に視界に入りながら、ゆっくりと存在を伝えるような動きが望まれます。
2. 話す(=穏やかに、肯定的に、理解しやすく)
「話す」は、相手に安心感を与える重要な手段です。
高圧的な言葉、専門用語、命令口調は避け、落ち着いたトーンで「あなたを大切に思っている」という姿勢を言葉に込めて「ゆっくり」「やさしく」伝えます。
たとえば、「まだ飲んでいないんですか?」よりも、「今日も一緒に確認していきましょうか」といった前向きな言葉選びが、相手の自尊心を傷つけずに行動を促します。
3. 触れる(=そっと、敬意をもって)
薬剤師は医療者の中では比較的「触れる」機会が少ない職種です。
しかし、訪問先や薬を手渡す際に、そっと手に触れることで、「私はあなたの味方です」という非言語のメッセージを伝えることができます。
触れるときは、乱暴な動きや急な接触を避け、相手の反応を見ながら、丁寧に、尊重の気持ちをこめて行いましょう。
4. 立つ(=その人の自立を支える)
これは単に立位を保つことではなく、「その人の尊厳や主体性を支える」という意味です。
介護の現場では、本人に「立ってもらう」という意味です。
薬剤師であれば、以下のような関わりが「立つ」支援になります。自立した服薬支援になるべく近づけるニュアンスです。
- 服薬を自分で継続できるようにサポートする
- 薬の種類をわかりやすく整理する
- 服薬カレンダーや一包化などを活用する
薬剤師の現場でユマニチュードをどう活かす?

在宅訪問薬剤師の場合
訪問先では、患者さんが警戒していたり、不機嫌だったりすることも少なくありません。
ドアを開けた瞬間に無言で荷物を持ち込んだり、薬の説明だけして帰ってしまうと、信頼関係は築けません。
訪問時には、まず視界の中にゆっくり入ることを意識し、やさしいトーンで声をかけましょう。
「今日はお薬の確認に伺いました。○○さん、いかがお過ごしでしたか?」と、少し会話を交えることで、心の距離が縮まります。
薬局窓口での対応
薬局での服薬指導でも、「効率重視」になってしまいがちです。
パソコン画面を見ながら無表情で説明していては、患者さんにとっては「流れ作業」のように映ってしまいます。
処方せんの確認時に一度手を止めて顔を上げ、相手の目線の高さに合わせてやさしく、ゆっくり声をかける。
その「ちょっとした動作」が、患者さんに安心と信頼を与えます。
ユマニチュードの視点が、薬剤師の「ケア力」を高める
薬剤師は薬の専門家でありながら、「人と接する医療者」でもあります。
服薬指導や薬歴記載ももちろん大切ですが、それ以上に「相手が安心してくれる」「心を開いてくれる」ような関わりを心がけることが、結果として医療の質を高めることにつながります。
高齢化が進む中で、薬剤師の役割はますます「人に寄り添う力」が求められています。
ユマニチュードのようなアプローチを取り入れることで、薬剤師は単なる「薬を渡す人」から、「安心を届ける存在」へと進化していけるはずです。
まとめ
ユマニチュードは、特別な技術ではなく、日々の関わりの中にある「ちょっとした気づかい」の集まりです。
薬剤師という立場からでも、十分に実践できる場面がたくさんあります。
さりげなく視界に入り、穏やかに話し、やさしく触れ、相手の自立を支える。
その一つひとつの行動が、患者さんの安心や信頼につながり、私たちの仕事の質をさらに高めてくれるのです。
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