結論から
認知症の方の様子が「数日〜数週間」という短い期間で変わった場合、最初に疑うべきは**「認知症の進行」ではなく「薬剤の副作用」**です。
これが、本記事で私が最もお伝えしたい結論です。
なぜなら、アルツハイマー型認知症などは、通常「年単位」でゆっくりと進行するからです。昨日まで歩けていた人が今日ふらつく、先週まで会話できていた人が急にぼーっとする。こうした急激な変化には、必ず外的な要因があります。その最大の要因が「お薬」なのです。
本記事では、なぜ高齢者に副作用が出やすいのかという理由から、具体的に注意すべき薬、そして私たち薬剤師と連携して副作用を防ぐための「観察のコツ」を解説します。

1. なぜ、認知症の方に副作用が出やすいのか?
「大人と同じ量なら大丈夫でしょう?」と思われがちですが、高齢者の体の中では、若い頃とは全く違う変化が起きています。
理由①:体の「浄化システム」が弱っている
薬は体にとって「異物」です。役目を終えた薬は、肝臓で分解され、腎臓から尿として排泄されます。 しかし、高齢になると、この肝臓と腎臓の機能が低下します。例えるなら、**「排水溝が詰まりかけているお風呂」**です。 若い人ならすぐに流れていく薬も、高齢者の体には長時間残り続け、あふれ出してしまう。これが「効きすぎ(過量投与)」の状態です。
理由②:脳が薬に敏感になっている
認知症の方の脳は、神経伝達物質(脳内の情報の運び屋)のバランスが崩れています。そのため、健康な人なら少し眠くなる程度の薬でも、認知症の方が飲むと、意識がなくなって倒れてしまうほどの強い反応を示すことがあります(感受性の亢進)。
2. 特に注意が必要な「3大リスク薬剤」

数ある薬の中で、介護現場で特にトラブルになりやすい薬剤を3つピックアップしました。
① 向精神薬(ベンゾジアゼピン系など)
不安や不眠に対して処方される薬です。
- リスク: 「ふらつき・転倒」「誤嚥(ごえん)」
- 解説: これらの薬には「筋弛緩作用(筋肉を緩める働き)」があります。若者にとっては「肩の力が抜けてリラックスする」程度ですが、筋力が落ちた高齢者にとっては**「足の力が抜けて立っていられなくなる」**ほどの作用になります。 夜トイレに起きて転倒し、大腿骨を骨折。そのまま寝たきりになってしまう……という悲しい事例は、薬剤師として最も避けたいシナリオです。
② 抗コリン作用を持つ薬剤(市販の風邪薬も注意!)
「抗コリン作用」とは、神経の興奮を抑える働きの総称です。頻尿治療薬や、アレルギー薬、そして市販の総合感冒薬(風邪薬)にも含まれています。
- リスク: 「せん妄(急な興奮・混乱)」「便秘」「尿閉(おしっこが出ない)」
- 解説: アセチルコリンという物質は「記憶」や「学習」に関わります。認知症の方はもともとこの物質が不足気味です。そこに抗コリン薬を使ってさらに働きをブロックしてしまうと、急にわけのわからないことを口走ったり、暴れたりする「せん妄」を引き起こすことがあります。 「風邪気味だから」と安易に市販薬を飲ませた結果、認知症が急激に悪化したように見えるケースは非常に多いです。
③ 糖尿病治療薬・降圧薬
これは認知症治療薬ではありませんが、非常に重要です。
- リスク: 「低血糖」「起立性低血圧」による転倒
- 解説: 食事量が減っているのに、いつも通り糖尿病の薬を飲んでしまうと、血糖値が下がりすぎて意識を失い、転倒するリスクがあります。 「ふらつき」の原因が、精神薬ではなく、実は血圧の薬が効きすぎていた(血圧が下がりすぎていた)という事例も多々あります。
3. 「ポリファーマシー(多剤併用)」という時限爆弾

「整形外科で痛み止め、内科で血圧の薬、精神科で認知症の薬、皮膚科で痒み止め…」 結果として、1日に10種類以上の薬を飲んでいるケースをよく見かけます。これをポリファーマシーと呼びます。
薬が増えると副作用は「足し算」ではなく「掛け算」になる
東京大学の研究など多くのデータにより、**「服用する薬が6種類以上になると、転倒のリスクが飛躍的に高まる」**ことがわかっています。
恐ろしい「処方カスケード」
- 薬の副作用で「便秘」になる。
- 便秘を治すために「下剤」が追加される。
- 下剤でお腹が緩くなり、脱水を起こして「めまい」がする。
- めまい止めが追加される…。
このように、副作用を新たな病気と勘違いして、薬が雪だるま式に増えていく現象を「処方カスケード(処方の滝)」と呼びます。この連鎖を断ち切るには、一番最初の「原因となった薬」を見つけて中止するしかありません。
4. 介護職・ご家族ができる「最適な対策」
医師や私たち薬剤師は、診察室や薬局カウンターでの「ほんの数分」しか患者さんを見られません。 「家での普段の様子」を知っているのは、皆さんだけです。
以下のチェックリストを活用し、変化があればメモをしておいてください。それが薬を減らすための決定的な証拠(エビデンス)になります。
【副作用チェックリスト】
- [ ] 新しい薬が増えてから数日以内に変化があったか?
- [ ] 日中、うとうとしている時間が増えたか?(過鎮静)
- [ ] 呂律(ろれつ)が回りにくくなっていないか?
- [ ] 手が震えたり、歩幅が小刻みになっていないか?(パーキンソン症状)
- [ ] 口の渇きを訴えたり、痰が絡みやすくなっていないか?
- [ ] 便秘や、逆におしっこが出にくい様子はないか?
医師・薬剤師への伝え方:悪い例 vs 良い例
- △ 悪い例: 「最近ボケがひどいんです。なんとかしてください」 → 医師は「認知症が悪化した」と判断し、さらに薬を増やすかもしれません。
- ◎ 良い例: 「2週間前に睡眠薬が追加されてから、日中もずっと眠そうで、トイレに行く時にふらつくようになりました。薬が強すぎるのではないでしょうか?」 → 医師は「副作用の可能性が高い」と判断し、減薬や種類の変更を検討できます。
まとめ

認知症の方の薬物治療は、「メリット」と「デメリット(副作用)」のギリギリのバランスの上に成り立っています。
- 急な変化は、まず薬を疑う。
- 特に「ふらつき」「眠気」「排泄トラブル」に注意する。
- 「薬が増えたタイミング」の変化を記録し、専門家に伝える。
私たち薬剤師は、「薬を飲ませること」が仕事ではありません。「薬を使って、その人がその人らしく生活できるようにすること」が仕事です。 もし「この薬、本当に必要かな?」と思ったら、遠慮なくかかりつけの薬局に相談してください。お薬手帳と皆さんの観察記録があれば、私たちは全力でサポートします。
参考文献・出典
- 日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』
- 日本老年医学会『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』
- 厚生労働省『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』(2018年)
「副作用のチェックが大切」と分かっていても、忙しい毎日の中で、どのお薬をいつ飲んだか、いつから体調が変わったかを管理するのは大変ですよね。
特に、薬の種類が多いと「飲み忘れ」や「飲み間違い」自体が体調悪化の原因にもなります。
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