「ニュースで見る『認知症の新薬』、うちの家族も使ったほうがいいの?」
「今飲んでいるアリセプト(ドネペジル)は、もう古い薬なの?」
最近、薬局の窓口でも、ご家族やケアマネジャーさんからこうした相談を受けることが急増しています。2023年にレカネマブ(レケンビ)、2024年末にはドナネマブ(ケサンラ)が登場し、認知症治療は大きな転換期を迎えました。
しかし、「新しい薬=誰にとっても最良の薬」とは限りません。
この記事では、現役薬剤師の視点から、従来薬と新薬の決定的な違いを解説し、**「ご本人とご家族の生活にとって、どちらが幸せな選択なのか」**を考えるための判断材料をお伝えします。
1. 「今の薬」は無意味? いえ、生活を支える現役選手です

まず、一番多い不安にお答えします。「今まで飲んでいた薬(ドネペジルなど)は効果がないの?」という疑問です。
結論から言うと、決してそんなことはありません。
従来薬(ドネペジルなど)の役割
- 仕組み: 脳内の神経伝達物質を整え、情報のやり取りをスムーズにする(いわば「脳の潤滑油」)。
- 目的: 低下した認知機能を底上げし、「今の生活」を少しでも長く維持すること。
- 強み:
- 誰でも使いやすい: 飲み薬や貼り薬があり、自宅や施設で管理しやすい。
- 幅広い段階で有効: 軽度から重度まで、症状が進んでも使い続けられる。
- BPSD(周辺症状)への効果: 意欲低下や無関心などの改善が期待できることもある。
ドネペジルなどの従来薬は、認知症の方の「生活の質(QOL)」を支える、今でも非常に重要な**「守りの要」**なのです。
2. 新薬(レカネマブ・ドナネマブ)は「原因」を取り除く攻めの薬
一方、話題の新薬(抗アミロイドβ抗体薬)は、これまでの薬とは全く戦い方が違います。
新薬の役割
- 仕組み: アルツハイマー病の原因物質「アミロイドβ(脳のゴミ)」を直接除去する。
- 目的: 病気の進行そのものを遅らせる(進行スピードのブレーキ)。
- 注意点:
- 対象が限定的: 「MCI(軽度認知障害)」または「軽度の認知症」の方のみ。
- 失われた機能は戻らない: 悪くなった記憶を元に戻す薬ではありません。
3. 【比較表】介護現場・家族が直面する「リアルな違い」
医学的な違いよりも、**「実際の介護生活がどう変わるか」**という視点で比較しました。
| 項目 | 従来薬(ドネペジル等) | 新薬(レカネマブ・ドナネマブ) |
| 対象 | 軽度〜重度まで全ステージ | 早期のみ(進行すると使えない) |
| 検査 | 問診や一般的なMRI | アミロイドPETや髄液検査が必須 |
| 通院 | 月1回の診察でOK | 2〜4週に1回の点滴通院(1時間以上) |
| 副作用 | 食欲低下、下痢、徐脈など | ARIA(脳のむくみ・微小出血)※定期MRI必須 |
| 費用 | 一般的な保険診療の範囲 | 高額(高額療養費制度の利用が前提) |
介護家族が考えるべき「負担」の壁
新薬を選ぶ場合、ご家族には以下のような覚悟と協力体制が必要になります。
- 通院の確保: 月に1〜2回、平日昼間に病院へ付き添い、点滴の間(約1時間)待機できますか?
- 検査の負担: 定期的なMRI検査をご本人が怖がらずに受けられますか?
- 副作用の管理: 脳のむくみなどの副作用(ARIA)は自覚症状がないことも多く、家族や施設スタッフの細やかな観察が必要です。
4. よくある疑問と解決のヒント(Q&A)

Q. 「施設に入所していても新薬は使えますか?」
A. ハードルは高いですが、不可能なわけではありません。
ただし、多くの施設では「月2回の通院送迎」や「点滴管理」に対応できないのが現状です。ご家族が毎回送迎するか、訪問診療で対応可能な特別な医療連携がある場合に限られることが多いでしょう。まずは施設のケアマネジャーや看護師に相談してみてください。
Q. 「新薬を使わないと、見捨てたことになりますか?」
A. 絶対に自分を責めないでください。
新薬は「進行を緩やかにする」ものであり、劇的な改善を約束するものではありません。無理な通院でご本人やご家族が疲弊してしまい、家庭での穏やかな時間が失われては本末転倒です。「通院の負担を減らし、自宅でゆっくり過ごすために従来薬を選ぶ」ことも、立派な愛情ある選択です。
Q. 「ドナネマブとレカネマブ、どっちがいいの?」
A. ライフスタイルに合わせて主治医と相談を。
- レカネマブ(レケンビ): 2週間に1回の点滴。実績が増えてきている。
- ドナネマブ(ケサンラ): 4週間に1回の点滴。アミロイドβが除去できれば**「投薬終了」**(経過観察へ移行)できる可能性があるのが特徴です。通院回数を減らしたい場合はドナネマブが候補になりますが、副作用のリスクや病状によって適応が異なるため、専門医の判断が必要です。
5. まとめ:薬は「幸せに過ごすための道具」の一つ

医療は日々進歩していますが、認知症ケアの中心はやはり**「人」**です。
新薬を使える条件に当てはまる方は、早期発見できた幸運なケースかもしれません。しかし、たとえ新薬を使わなくても(あるいは使えなくても)、従来薬や非薬物療法(デイサービスやリハビリ)で、その人らしい笑顔を守ることは十分に可能です。
「最新が最良」とは限りません。ご本人の性格、ご家族の就労状況、そして「これからどう過ごしたいか」を一番に考え、主治医や薬剤師とじっくり話し合ってみてください。
出典
- 厚生労働省「レカネマブ(遺伝子組換え)製剤の最適使用推進ガイドライン」
- 厚生労働省「ドナネマブ(遺伝子組換え)製剤の最適使用推進ガイドライン」
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「レケンビ点滴静注 添付文書」「ケサンラ点滴静注液 添付文書」
- 日本神経学会・日本認知症学会「認知症疾患治療ガイドライン」
- 国立長寿医療研究センター「アルツハイマー病の新しい治療薬について」
「レカネマブ・ドナネマブ、現場ではどう使う?」
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