はじめに
「母が突然『財布を盗んだだろう』と私を責め立てたとき、本当に心が折れそうになりました。」
「夜中の2時に何度も玄関から出ていこうとする父を止める日々が続き、眠れぬ夜を過ごしました。」
アルツハイマー型認知症の介護をしていると、記憶障害や見当識障害といった中核症状だけでなく、**BPSD(行動・心理症状)**と呼ばれるさまざまな困難に直面します。BPSDは、妄想・幻覚・徘徊・暴言・食事拒否など、多岐にわたる症状を含み、介護する家族にとって大きな負担となるものです。
今回は、実際に介護を経験したご家族の体験談を10例取り上げ、それぞれの困難にどう向き合ってきたのかをご紹介します。読んでくださる方が「自分だけじゃない」と少しでも安心できるようにまとめました。
1. モノとられ妄想

「母が財布をなくすと、必ず私を疑いました。『あんたが盗んだんだろう』と責められるたび、涙が出ました。」
モノとられ妄想はアルツハイマー型認知症の代表的なBPSDのひとつです。記憶障害から「自分でしまったことを忘れる」→「誰かに盗まれた」と誤認する流れで起こります。
対応の工夫
・疑われても強く否定せず、「一緒に探そう」と寄り添う
・大事な物はあらかじめ場所を決めて管理する
・予備の財布や鍵を用意しておく
2. 同じことを繰り返す
「父が『今日は何曜日?』と30分の間に10回以上聞いてきて、最初は正直うんざりしました。」
繰り返し同じ質問をされるのは、記憶の保持が難しくなるために起こります。介護者にとっては忍耐力を試される場面です。
対応の工夫
・カレンダーやホワイトボードを活用する
・短く簡潔に答える
・気分転換に散歩や会話の話題を変える
3. 昼夜逆転と夜間徘徊

「夜中に母が玄関を開けて出ようとしたとき、心臓が止まりそうでした。寝不足が続き、私も倒れる寸前でした。」
昼夜逆転や徘徊は、生活リズムや脳内時計の乱れから生じます。介護者にとって最も負担が大きい症状の一つです。
対応の工夫
・日中に体を動かす時間を意識的に作る
・寝る前に強い光やテレビを避ける
・センサー付きライトや鍵の工夫で安全を守る
4. 暴力
「普段は穏やかな父が、突然手を振り上げてきたとき、ショックで涙が出ました。」
認知症では、本人の不安や混乱が攻撃的な行動に表れることがあります。介護者にとって精神的ダメージが大きい症状です。
対応の工夫
・無理に抑え込まず、距離を取って安全を確保する
・暴力の背景に「不安・痛み・混乱」が隠れていないか確認する
・医師や専門職に相談して薬物療法を検討する
5. 食事拒否
「母が食べてくれない日が続き、やせ細っていく姿を見るのがつらかったです。」
食事拒否には、味覚の変化、嚥下機能の低下、環境の違和感など様々な要因が関わります。
対応の工夫
・好物や柔らかく食べやすい食材を工夫する
・無理強いせず、食べられるタイミングを探る
・誤嚥リスクがある場合は専門職に相談する
6. 幻覚と介護拒否

「叔父が『知らない人が部屋にいる』と言って大声をあげ、私を拒んだときは本当に悲しかったです。」
幻覚はアルツハイマー型認知症でも見られることがあります。特に夕方から夜にかけて強まることもあります。
対応の工夫
・否定せず「怖かったね」と共感する
・照明を工夫して影や映り込みを減らす
・介護拒否が続くときは、介助を無理にせず時間を置く
7. ろう便
「父が便を手でいじり、壁に塗ってしまったとき、どうしていいかわからず泣きながら片付けました。」
ろう便は排泄への不安や違和感、便意をうまく伝えられないことから起こります。介護者にとっては強いストレス要因です。
対応の工夫
・排泄のリズムを観察し、声かけする
・衣服の工夫や手袋を活用して処理しやすくする
・専門職に相談してケア方法を共有する
8. せん妄

「入院した母が急に人が変わったように混乱し、幻覚を見ていたときは本当に驚きました。」
せん妄は急な環境変化や感染症、薬の副作用などで起こる一過性の症状です。認知症の進行とは必ずしも同義ではありません。
対応の工夫
・環境を安定させ、馴染みの物を置く
・水分摂取や感染症チェックを怠らない
・必要に応じて医療機関に相談する
9. 異食
「母がティッシュを口に入れたとき、驚いて止めました。食べ物と区別がつかないようでした。」
異食は、食物と非食物の区別が難しくなり起こります。
対応の工夫
・周囲に食べられない物を置かない
・誤嚥や窒息を防ぐため、常に目を配る
・繰り返す場合は医師に相談する
10. 車いすからの転落
「母が車いすから身を乗り出して転び、額をぶつけてしまいました。あの時の後悔は忘れられません。」
姿勢保持が難しくなると、車いすからの転落リスクが高まります。
対応の工夫
・車いすのベルトやクッションを活用する
・座位保持に適した福祉用具を検討する
・訪問リハビリなどで姿勢改善をサポートする
まとめ

アルツハイマー型認知症のBPSDは、介護者にとって心身の負担が非常に大きいものです。
しかし、実際の体験談を共有することで「自分だけではない」と気持ちが少し軽くなることもあります。
困ったときには一人で抱え込まず、主治医やケアマネジャー、訪問看護、地域包括支援センターなどの支援を活用してください。介護は長い道のりですが、寄り添い方を工夫することで本人も家族も少しずつ穏やかな時間を取り戻すことができます。
出典
・日本老年精神医学会 編『BPSDへの対応ガイドライン』
・厚生労働省 認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)
・日本認知症学会「認知症の行動・心理症状(BPSD)」解説ページ
・Alzheimer’s Disease International: World Alzheimer Report


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