認知症ケアとサルコペニア対策|筋力低下を防ぐ栄養・運動法と介護現場の実践例

在宅

はじめに

「最近、母が立ち上がるのに時間がかかるようになったんです。以前は自分でトイレにも行けたのに、最近は一歩踏み出すのも不安そうで……」
介護の現場で、こんな声を耳にすることが増えてきました。実際、私が訪問した施設でも、90歳の女性が「転ぶのが怖くて歩きたくない」と訴えていました。歩かなくなるとますます筋肉が弱り、動けなくなるという悪循環が生まれます。認知症の進行に伴い、食欲低下や活動量の減少から筋力が落ちていく――つまりサルコペニアが進行することは珍しくありません。サルコペニアは転倒や寝たきりのリスクを高め、介護負担を大きくする要因のひとつです。本記事では、認知症ケアとサルコペニアの関係、そして筋力低下を防ぐための栄養と運動について、介護者とご家族に役立つ形で解説します。


1. サルコペニアとは何か

サルコペニアは「加齢や疾患による骨格筋量と筋力の低下」を指します。2016年に日本サルコペニア・フレイル学会が診断基準を示しており、

  • 筋肉量の低下
  • 筋力(握力)の低下
  • 身体機能(歩行速度など)の低下
    が組み合わさって診断されます。

私が薬局で接した80代の男性も、転倒後に歩くのが不安になり、外出の機会を減らした結果、半年ほどで明らかに足腰が弱ってしまいました。ご家族が「最初は杖だけで歩けていたのに、今では歩行器が必要になった」と話していたことを思い出します。認知症の方の場合、こうした変化はさらに加速しやすいのです。


2. 認知症とサルコペニアの関係

2-1 認知症が筋力低下を進める背景

  • 活動量の減少:外出や運動の機会が減り、筋肉が使われなくなる。
  • 食欲の低下:味覚や嗅覚の変化、服薬の副作用などが影響。
  • 嚥下機能の低下:飲み込みが難しくなり、食事量が減る。

実際に、ある施設の入居者で認知症の女性は、以前は毎日食堂まで歩いて来られていたのに、徐々に部屋にこもりがちになり、最終的には車いすを使うようになってしまいました。スタッフが「無理にでも一緒に歩いてくればよかった」と振り返っていたのが印象的でした。

2-2 サルコペニアが認知症を悪化させる背景

逆に、サルコペニアが進行すると身体機能が落ち、外出や交流の機会が減ります。結果として社会的孤立や認知機能の低下を促進する悪循環が生じるのです。以前、デイサービスで関わった男性は、転倒して骨折してから外出を避けるようになり、半年後には会話も減り、認知症の症状が進んだように見えました。筋力低下を防ぐことは、認知症の進行を緩やかにすることにもつながります。


3. 筋力低下を防ぐ栄養

栄養はサルコペニア予防の基本です。以下のポイントを押さえましょう。

3-1 タンパク質の摂取

筋肉をつくる材料はタンパク質です。高齢者は1日あたり体重1kgあたり1.0〜1.2gのタンパク質摂取が推奨されています。例えば体重50kgの方なら、50〜60g程度が目安です。

  • 肉、魚、卵、大豆製品、乳製品などをバランスよく。
  • 嚥下が難しい方には「やわらか食」や「高栄養ゼリー」も活用できます。

あるご家庭では「肉は硬くて食べられない」という母親に、娘さんが鶏ひき肉で柔らかいハンバーグを作っていました。すると食欲も戻り、体重減少が止まったのです。小さな工夫が大きな変化につながります。

3-2 ビタミンD

ビタミンDは筋力維持に関わる栄養素です。不足すると転倒リスクが高まります。

  • 鮭、いわし、干し椎茸などに多く含まれる。
  • 日光浴(10〜15分程度)も有効。

実際、訪問診療の現場で「外に出ない方」の血液検査をすると、ビタミンD不足が見つかるケースが多いです。日中にベランダで日光浴を習慣づけた結果、気分が明るくなり、活動性が上がったという例もあります。

3-3 水分補給

脱水は筋肉機能の低下やせん妄を招きます。認知症の人は喉の渇きを感じにくいため、こまめな声かけで水分摂取を促すことが大切です。

施設での経験ですが、ある男性は「水を飲むと夜トイレが近くなるから嫌だ」と拒否していました。そこでスタッフが少量ずつ、時間を決めてお茶やスープで水分補給を工夫したところ、便秘も改善し、全体的に表情が明るくなったのです。


4. 筋力を守る運動法

認知症の人でも取り組みやすい運動があります。無理なく、日常生活に組み込むことが大切です。

4-1 コグニサイズ

国立長寿医療研究センターが提唱する「認知課題と運動の組み合わせ」です。

  • 例:歩きながら「しりとり」をする。
  • 身体と頭を同時に使うことで認知機能の維持にもつながります。

デイサービスで実施した際、最初は「歩くだけでも大変」と言っていた方が、しりとりを楽しむうちに歩く距離が自然と増えました。「頭も体も疲れるけど気持ちいい」と笑顔で話されていた姿が印象的でした。

4-2 筋トレ(低負荷)

  • 椅子からの立ち上がり(スクワットの代わり)。
  • ペットボトルを使った腕の運動。

訪問介護で関わった女性は、最初は立ち上がりに介助が必要でしたが、毎日5回ずつ「立って座る」を繰り返すうちに、自分で立てるようになりました。家族が「台所まで自分で歩けるようになって、笑顔が増えた」と喜んでいました。

4-3 口腔機能トレーニング

食べる力を守るための「パタカラ体操」など。嚥下機能を維持することで、結果的に栄養状態も守れます。

実際に施設で取り組んだ際、誤嚥性肺炎を繰り返していた方が、嚥下リハビリと口腔体操を継続した結果、入院の回数が減りました。介護者にとっても安心につながる取り組みです。

4-4 バランス運動

  • 片足立ち(安全のため手すりや壁を支えに)。
  • 転倒予防に効果的。

80代の男性が、テレビを見ながら片足立ちを習慣にしたところ、最初は5秒でふらついていたのが、数か月後には30秒以上立てるようになりました。「自信がついた」と語ってくれた笑顔が忘れられません。


5. 介護者・家族ができる工夫

5-1 食事の工夫

  • 食べやすい一口大にする。
  • 彩りを工夫して食欲を刺激する。
  • 献立を固定せず「今日は魚、明日は肉」と変化を持たせる。

ある娘さんは「母に食べてもらうために料理をカラフルにしている」と話していました。赤や緑の野菜を添えるだけで「きれいね」と笑顔が増えたそうです。視覚的な工夫も大切です。

5-2 運動の習慣化

  • 「散歩」を日課にする。
  • 無理に筋トレを押し付けず、本人の楽しみと結びつける。

私が関わった90代の男性は、将棋が大好きでした。そこで「歩いたら将棋の時間にしましょう」と習慣化した結果、嫌がっていた散歩が「将棋の前の準備運動」になり、続けられるようになったのです。

5-3 多職種連携

  • 栄養士による食事指導。
  • 理学療法士による運動プログラム。
  • 薬剤師による服薬確認(副作用で食欲が落ちていないか等)。

私が参加したサービス担当者会議では、理学療法士が「立ち上がり訓練」を提案し、栄養士が「タンパク質補強のおやつ」を取り入れるよう助言しました。数か月後、その方は歩行器での移動が安定し、家族が「介護が楽になった」と話していたのが印象的でした。


6. まとめ

認知症ケアとサルコペニア対策は、切り離せない課題です。筋力低下を放置すると、転倒・寝たきり・認知症悪化という悪循環に陥ります。しかし、栄養と運動の工夫で、その進行を防ぐことは可能です。介護の現場や家庭でできる小さな積み重ねが、本人の生活の質を大きく左右します。「もう無理」と思わずに、できることから始めていきましょう。実際に現場で工夫を積み重ねてきた家族やスタッフの体験談が示すように、ほんの少しの努力が大きな成果を生みます。


出典

  • 日本サルコペニア・フレイル学会:サルコペニア診断基準(2016)
  • 厚生労働省「高齢者の栄養・食生活」
  • 国立長寿医療研究センター「コグニサイズ」
  • 日本老年医学会「フレイル・サルコペニア」関連資料

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