はじめに ― 家族の経験から見えた気づき
「母が最近、よくつまずくようになったんです。食欲も落ちて、買い物に行くのも億劫みたいで……。それに物忘れも増えてきて心配で。」
これは、私が薬局でご家族から相談を受けたときの言葉です。
加齢に伴って体力や筋力が落ちることは自然なことですが、「フレイル」という言葉をご存じでしょうか。フレイルとは、健康と要介護の中間にある虚弱な状態を指し、放置すると要介護につながりやすいとされています。さらに、フレイルは「認知症」と深く関わっており、互いに影響し合いながら進行することがわかってきました。
介護の現場では、家族が「体が弱ってきた」と感じた時点で、実は認知症のサインが隠れていたり、その逆に「物忘れがひどくなった」と思っていたら体力低下が進んでいたりと、両者が絡み合って現れているケースが少なくありません。
本記事では、まず フレイルの定義(特にフェノタイプモデル) をわかりやすく整理し、認知症との関係性を解説します。そのうえで、介護者や家族が早期に気づき、予防のためにできる取り組みを紹介します。
1. フレイルとは何か ― フェノタイプモデルの視点

1-1. フレイルの定義
フレイルは「加齢に伴う心身の機能低下により、健康障害に対する脆弱性が高まった状態」を指します。日本老年医学会は2014年にフレイルという概念を導入し、介護予防の重要なキーワードになりました。
フレイルの特徴は、単なる体の弱りではなく、身体的・心理的・社会的要因が複合的に影響する点です。例えば「足腰が弱る」だけでなく、「気分が落ち込む」「人との交流が減る」といった変化も含まれます。
1-2. フレイル・フェノタイプモデル
米国の老年医学研究者フリードらが2001年に提唱した「フレイル・フェノタイプモデル」は、世界的に広く用いられています。以下の5つの基準のうち、3つ以上が当てはまればフレイル、1〜2つならプレフレイルと判定されます。
- 体重減少:半年〜1年で4.5kg以上、または体重の5%以上減少
- 筋力低下:握力が基準値以下
- 疲労感:強い疲れを感じ、活動意欲が低下
- 歩行速度の低下:通常歩行が1秒あたり1m未満
- 身体活動の低下:運動や活動習慣が少ない
このモデルの重要な点は、フレイルは「不可逆ではない」ということです。プレフレイルや早期のフレイルであれば、栄養や運動、社会参加によって改善が可能です。
2. 認知症とフレイルの関係性

2-1. フレイルが認知症を進めるメカニズム
- 活動量低下:筋力や持久力が落ちると、脳への血流や刺激が減り、認知機能も衰える
- 栄養不足:タンパク質やビタミン不足は筋肉だけでなく脳にも悪影響を与える
- 抑うつや孤立:社会活動が減り、人との交流が少なくなることで脳への刺激が減る
2-2. 認知症がフレイルを進めるメカニズム
- 服薬や食事管理の困難:食事を抜いたり薬を飲み忘れたりして体調が悪化
- 外出機会の減少:安全面の不安や意欲低下から、活動範囲が狭まる
- 行動の制限:本人や家族が「転倒が心配だから」と過度に活動を制限すると筋力低下が加速
2-3. 研究からみる両者の関係
- Boyleら(2010)の研究では、フレイル高齢者はアルツハイマー型認知症の発症リスクが有意に高いことが示されました。
- Kelaiditiら(2013)のレビューでは、フレイルと認知症は密接に関連し、互いに悪循環を起こすことが確認されています。
つまり、フレイルと認知症は「二人三脚で進行する」 といえるのです。
3. 家族が気づける早期発見のサイン
3-1. フレイルのサイン
- 半年で体重が減った
- ペットボトルの蓋が開けにくくなった
- 以前より歩くのが遅くなった
- 「疲れやすい」と口にする
- 外出や趣味の機会が減った
3-2. 認知症のサイン
- 同じ質問を繰り返す
- 料理や買い物の段取りが難しくなる
- 季節に合わない服を着る
- 財布や鍵の置き忘れが頻繁にある
- 感情の変化が激しい、無気力が目立つ
家族が「ちょっと変だな」と思うことが、実は早期発見のきっかけになります。
4. 予防のためにできること

4-1. 栄養
- タンパク質(肉・魚・卵・大豆)をしっかり摂取
- 野菜や果物でビタミン・ミネラルを補う
- 食欲低下には補助食品やプロテインを活用
4-2. 運動
- 毎日のウォーキング
- 自宅でできるスクワットやかかと上げ
- 転倒予防のためのバランス運動
4-3. 社会参加
- 認知症カフェや地域サロンに参加
- ボランティアや趣味の会に出る
- 人と会って話すこと自体が認知症・フレイル予防になる
4-4. 薬の管理
- 多剤服用(ポリファーマシー)を避ける
- 薬剤師と一緒に薬の必要性を見直す
- 一包化やカレンダーで飲み忘れ防止
5. 介護現場での実例

事例1:食欲低下と体力の衰えから認知症が悪化
80代男性。食欲低下で半年間に5kg減少。歩行も不安定になり、家族は「年のせい」と考えていました。栄養指導と運動習慣を導入したところ、体力が回復し、同時に物忘れの進行も緩やかになりました。
事例2:認知症の影響でフレイルが進んだケース
70代女性。買い物や料理の段取りができなくなり、食事が偏って低栄養に。外出も減り、筋力低下が進みました。訪問看護とデイサービスを利用して人と関わる機会を増やしたことで、体力と気持ちの回復が見られました。
まとめ
- フレイルは「健康と要介護の中間」にある可逆的な状態で、フェノタイプモデルにより診断できる
- 認知症とフレイルは互いに影響し合い、悪循環を起こす
- 栄養・運動・社会参加・薬の適正化が、双方の予防につながる
- 家族が「小さな変化」に気づき、医療や介護の支援につなげることが最大のポイント
フレイルも認知症も「年齢のせいだから仕方ない」と諦めるのではなく、早期に気づき、予防に取り組むことで改善が可能です。
出典・参考文献
- 日本老年医学会「フレイルに関するステートメント」(2014)
- 厚生労働省「フレイル予防の推進」
- 厚生労働省「認知症施策推進大綱」
- Fried LP, et al. “Frailty in older adults: evidence for a phenotype.” J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001.
- Kelaiditi E, et al. “Frailty and cognitive decline: a systematic review.” J Nutr Health Aging. 2013.
- Boyle PA, et al. “Frailty is associated with incident Alzheimer’s disease and cognitive decline in the elderly.” Psychosom Med. 2010.


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