認知症の睡眠障害と漢方治療|副作用を抑える選択肢

生活支援

はじめに

「夜になると何度も起きて歩き回る」「昼夜逆転して介護者が眠れない」「薬を飲んだら日中ボーッとしてしまう」——認知症の方の睡眠障害は、介護者にとって大きな負担です。私も薬剤師として介護施設や在宅に関わる中で、睡眠に悩むご家族やスタッフの声を何度も耳にしてきました。

睡眠薬は一定の効果がありますが、高齢者では転倒リスクやせん妄、認知機能の悪化、依存や耐性といった副作用の問題が避けられません。そこで注目されているのが「漢方薬」を用いた治療です。漢方は副作用が比較的少なく、こうした課題をある程度抑えながら、自然な眠りをサポートできる可能性があります。

本記事では、認知症における睡眠障害の特徴と、漢方治療の位置づけについて、介護者・家族が理解しやすい形で解説します。


1. 認知症と睡眠障害の関係

認知症の方の睡眠障害は珍しいことではありません。研究によれば、認知症患者の25〜50%に睡眠障害が見られるとされます。特にアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症では、以下の症状が多くみられます。

  • 夜間の頻回な覚醒
  • 昼夜逆転(夜眠れず日中にウトウト)
  • 夢を見て暴れる、寝言が多い(レム睡眠行動障害)
  • 睡眠時間は長いのに熟眠感がない

睡眠障害は本人の生活の質を下げるだけでなく、介護者の睡眠不足や疲労にも直結します。結果として在宅介護が難しくなり、施設入所のきっかけになることも少なくありません。


2. 一般的な薬物治療の課題

医師は睡眠導入剤や抗不安薬を処方することがありますが、高齢者では次のような課題があります。

  • 転倒リスク:眠気やふらつきによる夜間の骨折事故
  • せん妄・認知機能の悪化:かえって混乱や記憶障害を助長する
  • 依存や耐性:使い続けると効きにくくなり、量が増える恐れ

介護現場でも「薬を飲むと眠るが、翌朝にトイレへ行くとき転倒しそうになる」といった声をよく聞きます。これらの副作用は本人だけでなく介護者にとっても大きなリスクであり、できる限り避けたい問題です。


3. 睡眠障害に使われる漢方薬

こうした課題に対して、漢方薬は副作用をある程度抑えながら使える選択肢として期待されています。依存や耐性がほとんどなく、日中のふらつきや認知機能への悪影響も少ないとされる点が大きなメリットです。

3-1. 酸棗仁湯(さんそうにんとう)

  • 特徴:心身の緊張を和らげ、自然な眠りを促す
  • 対象:眠りが浅く、夢が多い、日中も疲れやすい方
  • メリット:副作用が少なく、高齢者にも比較的安心して使える

3-2. 桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)

  • 特徴:不安感や神経の高ぶりを抑える
  • 対象:イライラして眠れない、夜中に目が覚めやすい方
  • メリット:依存性がほぼなく、長期使用が可能

3-3. 抑肝散(よくかんさん)・抑肝散加陳皮半夏

  • 特徴:興奮やイライラを鎮める
  • 対象:認知症の周辺症状(BPSD)にも適応され、夜間の興奮や不眠に応用
  • メリット:睡眠改善だけでなく、認知症特有の行動・心理症状にも効果が期待される

4. 漢方治療のメリットと注意点

漢方のメリット(一般的な薬との違いを強調)

  • 転倒リスクを抑えやすい:強い鎮静ではなく、自然な睡眠に近い形を促すため
  • せん妄・認知機能への影響が少ない:日中のボーッとした状態が起こりにくい
  • 依存や耐性がほとんどない:長期的に使いやすい
  • 周辺症状にも有用:不安・興奮・せん妄など睡眠以外の症状にも効果

注意点

  • 効果が出るまでに数週間かかることがある
  • 体質や症状に合わないと効果が乏しい
  • 腎機能や肝機能に負担をかける場合があるため、必ず医師・薬剤師の管理下で使用すること

5. 介護現場でのエピソード

ある在宅介護のケースです。夜中に何度も起きて徘徊し、ご家族が眠れず疲弊していました。睡眠薬を使うと眠れるものの、翌朝のふらつきで転倒の危険がありました。

そこで医師が酸棗仁湯を導入。すぐに劇的な効果は出ませんでしたが、数週間で夜中に起きる回数が減り、家族も「安心して眠れるようになった」と感じるようになりました。介護者は「転倒の心配が減ったことで、こちらの心労も軽くなった」と話しており、副作用を抑えながら睡眠の質を改善できる点が大きな利点だと実感できたケースでした。


6. 睡眠環境を整える工夫(非薬物療法との併用)

漢方薬や睡眠薬だけに頼るのではなく、生活習慣や環境の工夫も重要です。

  • 昼間の活動量を増やす(散歩・体操・会話)
  • 照明で体内時計を整える(朝は明るく、夕方以降は落ち着いた灯りに)
  • 就寝前の刺激を避ける(カフェイン・スマホ・大音量のテレビ)
  • 安心できる寝室環境(温度・湿度・静かさ・なじみの布団)

薬のリスクを減らし、睡眠の質を高めるには、薬+環境整備の両輪が欠かせません。


まとめ

認知症に伴う睡眠障害は、本人の生活の質を低下させるだけでなく、介護者の疲労や在宅介護の継続困難につながります。睡眠薬は一定の効果がある一方で、転倒・せん妄・認知機能の悪化・依存といった課題を伴います。

漢方薬はこうした副作用をある程度抑えながら、自然な眠りを促す選択肢となり得ます。酸棗仁湯・桂枝加竜骨牡蛎湯・抑肝散などは、高齢者に使いやすい処方であり、睡眠障害と周辺症状の両方に働きかけられる点も特徴です。

ただし万能ではなく、体質や症状によって合う・合わないがあります。必ず医師・薬剤師に相談し、非薬物的な生活習慣改善と組み合わせて取り入れることが重要です。

副作用を抑えつつ睡眠の質を改善する工夫は、本人の安心だけでなく、介護者の心身の負担軽減にもつながります。


出典

  • 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン 2017」
  • 厚生労働省 e-ヘルスネット「睡眠と高齢者」
  • 山田和男ほか「高齢者不眠症に対する漢方治療の有効性」日本東洋医学雑誌, 2014
  • 認知症情報サイト「認知症ねっと」

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