はじめに
認知症のある高齢者にとって、季節の変化は心身への大きな負担となります。特に 夏の熱中症 と 冬のヒートショック は命に直結するリスクであり、日常的な見守りや環境調整が欠かせません。
また、認知症の症状によって「暑さや寒さをうまく感じにくい」「体調の変化を自分で訴えられない」ことも少なくありません。介護者が早めに気づき、予防的に行動することが重要です。
今回は、薬剤師として接した患者さんの実際のエピソードを交えながら、夏と冬の認知症ケアの注意点と具体的な対策について解説します。
夏の認知症ケア|熱中症対策

1. 実際にあったエピソード
かかりつけの患者さんで、認知症治療薬を服用していた男性がいらっしゃいました。
一年中厚着をして過ごす方で、奥様からも「季節に合った服装をしないのよね」とよく愚痴を聞いていました。
そんなある夏の日、奥様が薬を取りに来られた際に「主人が熱中症で入院している」と伺いました。外出時も分厚い服を重ね着していたため、道端でうずくまってしまい、通行人が救急車を呼んでくれたそうです。奥様も「何度言っても厚着をやめてくれない」と心配しており、介護の難しさを実感されていました。
この事例は、「本人が自分で調整できない」認知症ケアの現実をよく表しています。介護者が服装や水分補給を積極的に介入していくことが、事故を防ぐために欠かせません。
2. 認知症高齢者が熱中症になりやすい理由
- 体温調節機能の低下:発汗や循環機能が弱まり、体温が上がりやすい。
- 喉の渇きを感じにくい:認知症によって水分補給の必要性に気づけない。
- 服薬の影響:利尿剤や抗コリン薬は脱水を助長することがある。
- 環境への無頓着:厚着をしたまま外出、冷房を嫌がるなど。
3. 予防のための工夫
- 定時の水分補給
「喉が渇いたときに飲む」では遅い。決まった時間に声かけして提供する。 - 環境調整
室温は28℃以下、湿度は50~60%を目安に。冷房が嫌な場合は扇風機や遮光カーテンを活用。 - 服装の工夫
通気性のよい綿素材を選び、外出時は帽子で直射日光を避ける。厚着を好む人には「薄手の重ね着」を提案するのも一案。 - 食事からの水分補給
スイカ・きゅうり・みそ汁なども有効。
4. 薬剤師の視点から
利尿剤や抗コリン薬を使用中の方は脱水リスクが高まります。服薬内容を確認し、介護者は医師・薬剤師に相談しながら「水分摂取の目安」を調整することが大切です。
冬の認知症ケア|ヒートショック対策

1. ヒートショックとは
急激な温度差による血圧の変動で、心筋梗塞や脳卒中が起こる現象です。冬場の浴室やトイレで多発し、高齢者にとって致命的となり得ます。
2. 認知症高齢者がリスクを抱える理由
- 寒暖差に気づきにくい:寒さを訴えず、厚着を嫌がる場合もある。
- 入浴習慣を変えられない:危険な時間帯でも入浴したがる。
- 判断力低下:熱い湯を好み、血圧が急変することも。
3. 防ぐための環境調整
- 浴室・脱衣所の暖房
室温差をなくす。小型ヒーターや浴室暖房を活用。 - お湯の温度は40℃以下
41℃以上は血圧変動が大きく危険。介護者が見守れる時間帯を選ぶ。 - 衣服の工夫
重ね着よりも、保温性と着脱のしやすさを優先。
4. トイレでの注意点
夜間の排泄は転倒とヒートショックの両方のリスクがあるため、
- 廊下やトイレに暖房器具を置く
- 夜間はポータブルトイレを使用
- 前開きの服で着脱時間を短縮
5. 薬剤師の視点から
降圧薬を服用している方は血圧の変動が起きやすいため、入浴直後や寒暖差が大きい環境に注意が必要です。特に「朝の服薬直後の入浴」は避けるべきです。
季節の変化に応じた「年間ケアの視点」

- 春・秋:気温差に対応できるよう重ね着の工夫を。
- 梅雨:湿度が高くカビや食中毒のリスクあり。住環境の清潔保持を。
- 災害時:避難生活で認知症高齢者は混乱しやすい。非常時の服薬・水分補給対策を準備しておく。
まとめ
- 認知症高齢者は 体温調整・危険察知・判断力 の低下により、熱中症やヒートショックのリスクが高い。
- 夏は定時の水分補給と服装・環境の工夫、冬は浴室・脱衣所の温度管理と入浴習慣の調整が不可欠。
- 薬剤の影響もあり、医師・薬剤師と連携しながら介護することが望ましい。
- 「厚着をやめられない」患者さんの事例のように、本人のこだわりや症状が介護を難しくすることもある。介護者は悩みを一人で抱え込まず、医療・介護の専門職に相談しながら工夫していくことが重要です。
参考文献・出典
- 厚生労働省「熱中症予防のための情報・資料」
- 消費者庁「高齢者の事故防止 ヒートショック対策」
- 日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2020」
- 日本医師会「ヒートショックに関する注意喚起」
- 日本薬剤師会「高齢者における服薬と脱水・血圧変動のリスク」


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