〜原因を知り、安心感と楽しみを取り戻すために〜
1. はじめに
認知症の方が食事を拒否する場面は、介護の現場でよく見られます。
「お腹が空いていないのかな?」「好みが変わったのかな?」と考えることもありますが、その背景には記憶や認知機能の低下、感覚の変化、心理的要因など複数の要素が関わっています。
対応を間違えるとさらに拒否が強まり、栄養不足や脱水、体力低下を招く恐れがあります。
ここでは、原因を整理しながら、安全かつ実践的な工夫を紹介します。
2. 食事拒否の主な原因
食事を拒否する背景は一人ひとり異なりますが、以下のような要因が重なっていることが多いです。
(1) 記憶障害・見当識障害
- 食事をした記憶が残らず「もう食べた」と思う
- 逆に、食事の時間であることが理解できない
- 置かれた状況がわからず不安になっている
(2) 嚥下機能や口腔内の問題
- 嚥下反射の低下、咀嚼力の低下
- 入れ歯の不具合、口内炎、ドライマウス
(3) 感覚の変化
- 味覚・嗅覚が鈍くなり、味が感じにくい
- 温度感覚の変化で「熱い」「冷たい」を嫌がる
- 視覚的錯覚による誤認(例:お皿の模様を虫と勘違いする)
(4) 心理的要因
- 環境の変化や人間関係による不安
- 食事介助の手順が速すぎて怖い
- 自尊心の低下で「食べさせられる」ことへの抵抗
(5) 身体的要因
- 便秘、腹部膨満、吐き気などの体調不良
- 感染症や持病の悪化による食欲減退

3. 工夫と対応方法
3-1. 環境を整える
- 静かで落ち着いた空間
テレビや大きな声の会話は避け、安心できる雰囲気をつくる。 - テーブル上の情報をシンプルに
食器や調味料は必要最低限にして混乱を防ぐ。 - 食事時間を一定に
毎日同じタイミングで提供することで習慣化が進む。
3-2. 食事の見た目と提供方法を工夫する
- 小皿で少量ずつ盛り付ける
一度に多く出すと圧迫感があり拒否されやすい。 - 彩りを良くする
赤・緑・黄色などの色が視覚的刺激になり食欲を促す。 - 温度を適切に
ぬるすぎや熱すぎは避け、本人が心地よく感じる温度に。 - 器の模様や色にも配慮する
認知症の方は模様を錯覚しやすく、例えばお皿の柄を「虫がたかっている」と誤認して食事を拒否するケースがあります。
この場合、シンプルで無地の器に変えたところ、安心して食事を再開できた事例もあります。
3-3. 声かけと関わり方
- 肯定的でゆっくりした声かけ
「これ、美味しそうですよ」「一口だけどうですか」などポジティブな言葉を。 - 目線を合わせる
正面から優しく見つめ、安心感を与える。 - 無理強いしない
拒否が強ければ一度時間を置き、気持ちが落ち着いてから再度試す。
3-4. 食形態の調整
- 嚥下障害がある場合
やわらか食、ミキサー食、とろみ付けで安全性を確保。 - 好みや嗜好の確認
過去の好きな食べ物や思い出の味を取り入れる。
3-5. 食事前後の準備
- 口腔ケア
口内環境が悪いと食欲が低下する。入れ歯は適切に調整する。 - 排泄の確認
便秘や尿意があると集中できない。
3-6. 楽しみの要素を加える
- 季節感のあるメニュー(お正月の雑煮、春の桜餅など)
- 器やテーブルクロスを変えて雰囲気を演出
- 家族や仲間と一緒に食べる時間を作る

4. ケース別の対応例
ケース1:食事を口に入れたが飲み込まない
- 嚥下機能低下の可能性があるため、言語聴覚士や医師に相談
- とろみをつける、形態を柔らかくする
ケース2:「もう食べた」と言って手を付けない
- 食事時間を変えてみる
- スナック感覚で小分けにして複数回に分けて提供
ケース3:口を固く閉じて拒否
- 急がずに別の話題で気をそらす
- 好きな飲み物から始めて徐々に食べ物に移行
5. 注意点
- 栄養不足や脱水の兆候(体重減少、皮膚の乾燥、倦怠感)を見逃さない
- 長期的な拒否や急激な変化がある場合は必ず医療機関に相談
- 服薬による副作用(口渇、味覚障害など)も確認
6. まとめ

食事拒否は「わがまま」ではなく、記憶・感覚・心理・身体の変化が背景にあります。
原因を探り、本人が安心して食べられる環境や方法を工夫することが大切です。
介護者は「食べさせる」ことよりも「食べたいと思える状況づくり」に力を注ぎましょう。
出典
- 厚生労働省「認知症ケアパス」
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021
- 厚生労働省 老健局「高齢者の栄養管理マニュアル」
- 認知症の人と家族の会「食事に関する工夫事例集」
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