〜介護現場とご家庭で活かせるヒント〜
はじめに
認知症の方は、記憶や判断力が低下するだけでなく、環境の変化や身体的要因によって、不安や興奮を感じやすくなります。
これは単なる気分の問題ではなく、脳の働きが変化することで状況の把握が難しくなり、危険や孤独を感じやすくなるためです。
対応の背景や理由を知ることで、介護者は「場当たり的な対応」から「納得して行うケア」へと変えることができます。
1. 不安や興奮が起こる理由を理解する

主な原因と理由
- 見当識障害
→時間や場所の感覚が失われると、自分の置かれている状況がわからず、不安が高まります。
例:「夕方なのに朝だと思って外に出ようとする」 - 記憶障害
→新しい情報を覚えられないため、同じ質問や行動を繰り返す。自分の記憶の欠落に気づくと焦りや混乱につながります。 - 感覚過敏・情報処理低下
→音や光、複数の人の話し声など、脳での情報整理が追いつかず、刺激が負担になります。 - 身体的要因
→痛みや便秘、脱水など身体不調は、不安感や落ち着きのなさを増幅させます。 - 心理的要因
→孤独や疎外感、「できない自分」への不安が精神面に影響します。
2. 不安や興奮を和らげる基本姿勢
① 否定しない・訂正しすぎない
理由:認知症では事実よりも「本人が感じている現実」が優先されます。否定は混乱を深め、感情的な反発を招くため、まず気持ちを受け止めることが大切です。
対応例:「そんなことないよ」ではなく「そう感じたんだね。心配だったね」と返す。
② ゆっくり・はっきり・短く話す
理由:脳の情報処理速度が低下しているため、短い文章でゆっくり話すほうが理解しやすく、安心感を持てます。
③ 目線と表情で安心感を伝える
理由:言葉の理解が難しい状況でも、視線や笑顔などの非言語情報は感情に直接届きます。優しい表情は「この人は安全」と脳に伝える効果があります。
3. 環境調整によるサポート
① 静かで落ち着ける空間をつくる
理由:余計な音や人の動きは情報処理の負担となり、不安や興奮の引き金になります。
② 見やすい情報提示
理由:時計やカレンダー、部屋の表示は「自分がどこにいるか、今がいつか」を補う手がかりとなり、不安の軽減につながります。
③ 季節感や時間感覚を補助
理由:朝と夜の区別、季節の変化を意識できることで、生活のリズムが整い、不安や夜間の混乱(夕暮れ症候群)を減らせます。
4. 会話と対応の工夫

① まず気持ちを受け止める
理由:本人の「心の安全」を確保することが、行動の落ち着きにつながります。感情の理解が先、事実の訂正は後で。
② 注意をそらす
理由:脳の関心は一度に1つのことに集中しやすく、別の刺激に切り替えると不安や興奮の対象から離れやすくなります。
③ 安心できる人・物の活用
理由:見慣れた物や親しい人は「安全な存在」として脳が認識しやすく、興奮が自然に和らぎます。
5. 身体的要因のチェック
理由と重要性
身体的不調は脳機能や感情に直接影響します。特に便秘や脱水は高齢者に多く、軽度でも落ち着きのなさや混乱を引き起こします。
薬の副作用も、せん妄や興奮を誘発する原因になるため注意が必要です。
6. 興奮が強いときの緊急対応
① 安全確保
理由:興奮時は本人の制御が難しく、転倒や物によるケガのリスクが高まります。距離と安全の確保が第一。
② 声掛けは短く、落ち着いた調子で
理由:大声や早口は脳に刺激を与え、さらに興奮を強める可能性があります。
③ 医療への相談
理由:持続的な興奮は身体疾患やせん妄の可能性があるため、早期の原因特定と治療が必要です。
対応:必要なら非定型抗精神病薬の少量投与を行い、落ち着くまで様子を見ます。介護介入できるように興奮を抑えます。
7. 介護者自身の心を守る

理由
介護者が疲弊すると、対応の質や安全性が下がります。適度に距離をとり、他者と支え合うことで、長期的に安定したケアが可能になります。
まとめ
認知症の方の不安や興奮は、脳の変化や身体・心理・環境の要因が重なって起こります。
介護者や家族は、否定せず受け止め、環境や会話の工夫で安心感を与えることが重要です。
また、身体的要因や薬の影響も見落とさず、医療職と連携して対応しましょう。
やさしい対応は、本人だけでなく介護者自身の心も守ります。特に興奮の強い時期は、介護者自身も接し方に戸惑うものです。焦らず、一歩ずつ、安心できる関係を築いていきましょう。
出典
厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」
厚生労働省「認知症ケアパスの作成の手引き」
日本認知症学会 編『認知症テキスト』医学書院, 2021
世界保健機関(WHO) “Dementia: Fact sheets”, 2023
井口昭久 監修『認知症ケアの実践と理論』中央法規, 2019
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