認知症患者さんで注意すべき薬の副作用

はじめに

認知症の進行に伴い、認知機能や日常生活動作(ADL)は徐々に低下していきます。このような中で薬剤を使用する際、特に“副作用”には最大限の注意が必要です。認知症の背景には身体の脆弱さや多様な合併症、さらには認知症そのものによる薬剤反応の変化があるため、不注意な服薬管理は重大なリスクにつながります。本記事では、認知症の利用者・患者さんにおいて注意すべき代表的な薬剤群とその副作用、さらにその対応方法などを解説します。


1. 向精神薬(抗精神病薬・抗不安薬など)

代表薬剤・用途

  • 抗精神病薬(例:リスペリドン、クエチアピンなど)
    用途:錯乱、妄想、行動症状(BPSD)の改善のために使用されることがあります。
  • 抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など)
    用途:不安、焦燥、不眠時に処方されることがあります。

主な副作用

  • 転倒・骨折リスク増加:抗精神病薬やベンゾジアゼピン系薬は鎮静作用が強く、ふらつきやふらつきによる転倒のリスクが上昇します。認知症患者さんは身体バランスが弱くなっていることが多いため、注意が必要です。
  • 過鎮静:安静すぎて日常生活の活動が著しく制限される場合があり、意思表出力や食事・排泄などにも影響が出ます。
  • パーキンソン症状・錐体外路症状:手足の振戦や筋固縮など、パーキンソン症候群に似た症状が出現することがあります(特にリスペリドンなど)。
  • 認知機能の悪化:精神症状改善を目指しても、むしろ日常の判断力、注意力が下がることもあります。

実践上の注意点

  • 最小有効量での使用に努め、定期的な評価・見直しを行う(“Deprescribing”)。
  • できる限り非薬物的アプローチ(環境調整、心理的支援、行動療法)を優先する。
  • 転倒予防のため、移動補助具や排泄支援の強化。

2. 抗コリン薬作用を持つ薬剤

代表薬剤・用途

  • 抗ヒスタミン薬(眠気止めやアレルギー用)
  • 抗コリン薬性の膀胱薬(例:オキシブチニン)
  • 含有薬:いわゆる“かぜ薬”“総合感冒薬”に抗コリン成分が混在している場合もあります。

主な副作用

  • せん妄/意識混濁:特に高齢者や認知症の方では抗コリン作用によって意識レベルや見当識が乱れ、急性のせん妄発症につながる危険があります。
  • 排尿困難・便秘:特に排尿機能や腸機能が低下している高齢者においては重篤化する可能性があります。
  • 口渇や視覚障害(霧視など):口の乾燥・視界のとぼけなど、苦痛や誤嚥リスクの増加につながります。

実践上の注意点

  • 抗コリン作用の強い市販薬はなるべく避け、医師・薬剤師に相談。
  • 排尿や便通の入念なモニタリング。
  • せん妄の始まりに注意し、急変時は速やかに医療介入を検討。

3. 中枢作用のある鎮痛薬(オピオイド、非ステロイド系鎮痛薬)

用途

  • 慢性疼痛や運動時の痛み管理のために用いられることがあります。

主な副作用

  • 眠気・認知鈍麻:日中でも強い眠気が出て、機能低下を招くことがあります。
  • 便秘:慢性的に起きやすく、誤嚥リスクや体調不調へつながることも。
  • 呼吸抑制(特にオピオイド):複数薬剤との相互作用や、高齢で呼吸機能が弱い場合に注意が必要です。

実践上の注意点

  • 緩和ケアの観点から用いる場合でも、“必要最小限”に留め、副作用への備え(便秘対策・モニタリング)は欠かさない。
  • 複数薬剤との併用による相互作用(中枢鎮静の重複)を確認。

4. 抗菌薬(特にニューキノロン系)

用途

  • 感染症治療、入院時の細菌感染対応。

主な副作用

  • 中枢神経系症状:錯乱、振戦、興奮、不眠、せん妄などの報告があり、認知症の方では発症しやすい可能性があります。
  • 腱障害:フルオロキノロン系では腱断裂などの危険あり、高齢者には特に慎重な投与が必要です。

実践上の注意点

  • 高齢者や認知症の方への使用は原則慎重を期す。
  • 他の選択肢(ペニシリン系など)で代替可能であればそちらを選ぶ。

5. 抗ヒスタミン第二世代でも注意が要るケース

用途

  • 花粉症やじんましんなどの治療。

主な副作用

  • 眠気、倦怠感:第二世代でも個人差や高齢者では中枢抑制が起こることがあります。
  • 認知機能への影響:眠気に加え、注意力低下や判断力の鈍化が認められることがあります。

実践上の注意点

  • 仕事中や日常活動の多い時間帯には避ける、あるいは低用量・最短期間投与で。
  • 服用後の体調変化(居眠り・ぼーっとするなど)に注意。

6. 多剤併用(ポリファーマシー)

認知症患者さんでは、認知症治療薬のほかにも慢性疾患に対する処方(高血圧、糖尿病、骨粗鬆症など)が多数重なることが多く、「多剤併用」は副作用リスクを加速させます。

問題点

  • 薬剤間相互作用による増強・拮抗反応。
  • 一見、異なる目的の薬でも副作用が重なり「総量としての毒性」が増す。
  • 認知症の進行により、薬の吸収・代謝・排出性が変わるため、用量調整が従来通りでは適切でないことも。

対応策

  • **薬剤の定期的な見直し(MDT:多職種連携による薬剤師・医師・介護職含む)**によるDeprescribingの推進。
  • 薬剤管理記録の共有:服薬カレンダー、薬剤情報カード、薬剤師による訪問支援などの活用。
  • 副作用モニタリング:自覚症状から客観的な検査指標(体重、排便排尿記録、ふらつき・転倒記録など)を併用した観察。

7. まとめ表

薬剤群・場面主なリスク・副作用実践上の工夫点
抗精神病薬・抗不安薬ふらつき、過鎮静、パーキンソン様症状最小量使用、非薬物療法優先、定期評価
抗コリン薬含薬せん妄、便秘、排尿困難、口渇アレルギー薬に注意、市販薬把握、迅速対応
鎮痛薬(中枢)眠気、便秘、呼吸抑制必要最小限+便秘対策、モニタリング
抗菌薬(キノロン等)せん妄、興奮、腱障害代替薬検討、慎重投与
抗ヒスタミン薬眠気、注意力低下使用状況に応じた避け、短期少量
多剤併用ポリファーマシー相互作用、総負荷、副作用増加定期見直し、薬剤情報共有、観察強化

8. ご家族や介護関係者の皆さまへメッセージ

認知症を抱えた方は、薬剤の副作用リスクが一般高齢者よりも高まる傾向があります。薬の適正使用と共に、ご家族や介護職が「変化に気づく目」「早めに相談できる環境作り」は、安全なケアの要です。

  • 日々の様子の観察:ふらつき、混乱、倦怠感、排泄トラブルなど些細な変化も記録・共有。
  • 早めの相談・情報連携:かかりつけ医や薬剤師との定期的なコミュニケーション—疑問があればすぐ質問。
  • 薬剤に関する教育・理解:どの薬が何のために処方されているのか、どんな副作用があり得るのかをご家族やケア者が理解すること。

“薬は患者の生活を守る大切な手段”である一方、副作用への理解と備えがなければ、その力が逆にリスクになり得ます。適切なケアでそのバランスを保ちましょう。


参考文献・出典元

  • 日本認知症ケア学会、認知症の薬物治療ガイドライン(最新版)
  • 高齢者薬物治療に関する日本老年医学会の立場表明やガイドライン
  • 各薬剤の添付文書(医療従事者向け)
  • 「Deprescribing」研究のレビュー文献、およびポリファーマシー対策に関する厚生労働省・自治体・専門団体資料

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