認知症ケアで注目される非薬物療法5選

在宅

〜家族が実践できる取り組みと体験談〜

はじめに

「薬を飲んでいれば、少しは落ち着いてくれるのかな…」
家族として、そんな期待を抱いて処方箋を受け取った経験がある方は多いのではないでしょうか。私が介護相談を受けるなかでも、「薬を飲ませたけど、あまり変わらない」「副作用が心配で、どうしたらいいか分からない」という声をよく耳にします。

認知症の治療において、薬物療法は症状を緩和するための大切な手段です。しかし、薬には限界があります。進行を完全に止められる薬はまだ存在せず、副作用に悩まされるケースも少なくありません。

一方で、近年見直されているのが非薬物療法です。薬を使わずに、「その人らしい生活」を支えるアプローチで、本人の持つ力を引き出し、心の安定や生活の質(QOL)を高めることができます。

私が関わったあるご家庭では、80代のお母様が物忘れや不安から落ち着かない毎日を送っていました。娘さんは「薬で何とかしたい」と思い、医師に相談して処方を受けたものの、なかなか期待したような改善は見られませんでした。ところが、デイサービスで始まった音楽療法に参加したことで変化が起きます。昔好きだった歌を口ずさむようになり、表情が明るくなり、家でも自然と笑顔が増えていったのです。

このように、薬だけに頼らず、非薬物療法を組み合わせることが、穏やかで充実した時間を取り戻す鍵になります。特に、初期〜中期の段階では、非薬物療法の効果が現れやすいといわれています。

本記事では、認知症ケアの現場で注目されている 5つの非薬物療法 を、家庭でも実践できる工夫や体験談とともに詳しく紹介します。家族としてできる一歩を見つける参考にしていただければ幸いです。


1. 認知刺激療法(Cognitive Stimulation Therapy: CST)

特徴

「CST(認知刺激療法)」は、記憶を呼び起こすゲームや会話、簡単な課題を通して、脳を刺激する取り組みです。複数人でのグループ活動が中心ですが、家庭でも簡単に取り入れられます。

具体例

デイサービスで週2回、CSTを受けている80代女性のAさん。活動では「今日は昭和30年代の流行歌クイズ」や「買い物リストを覚えるゲーム」をしています。最初は緊張していましたが、何回か参加するうちに笑顔が増え、「今日はあの歌を歌いたい」と自らリクエストするまでになりました。
スタッフによると、「活動後は会話が弾み、他の利用者さんとも自然に話すようになった」とのことです。

家庭での工夫

  • 季節の写真を見ながら思い出話をする
  • 簡単な計算やしりとりを一緒に楽しむ
  • 好きなドラマや昔のニュースを題材に話す

2. 音楽療法(Music Therapy)

特徴

音楽療法は、歌を歌う・音楽を聴く・演奏するなどを通して、感情や記憶を刺激する方法です。懐かしい曲は、認知症の方の心を動かしやすく、気持ちを安定させる効果が期待されています。

具体例

80代男性のBさんは、夕方になると落ち着かず、何度も「帰る」と外へ出ようとする行動が見られていました。そこで娘さんが若い頃に父が好きだった演歌を流してみたところ、驚いたことに歌詞をスラスラと口ずさみ始めたのです。
今では、夕方になると自然に音楽を流し、一緒に歌う時間を設けることで、外に出ようとする行動がほとんどなくなったそうです。

家庭での工夫

  • 若い頃に好きだった曲をリスト化しておく
  • 朝の準備時間や食事中にBGMとして流す
  • 家族全員で歌う時間をつくる

3. 回想法(Reminiscence Therapy)

特徴

「回想法」は、昔の写真や思い出の品、当時の流行歌などを使って、過去を思い出しながら話をする療法です。懐かしい記憶は長く残っていることが多く、自然と会話が弾みます。

具体例

70代女性のCさんは、食欲が落ちて元気がありませんでした。息子さんが昔の家族旅行のアルバムを持ってきて、一緒に見ながら「このときは海がきれいだったね」「あなたが小学生のときよね」と話しているうちに、笑顔が戻ってきました。その日の夕食は久しぶりにしっかりと食べ、家族も安心したそうです。

家庭での工夫

  • 古いアルバムや手紙を一緒に見返す
  • 実家の近くをドライブして「ここは昔…」と語る
  • 昔の趣味(盆栽、裁縫、農作業など)を再現する

4. 芸術療法(Art Therapy)

特徴

絵を描く、折り紙を折る、編み物をするなど、手を動かして何かを作る活動は、心の安定と達成感を与えてくれます。うまくできるかどうかは関係なく、「表現する」こと自体が大切です。

具体例

90代女性のDさんは、認知症の進行とともに無表情で過ごす時間が増えていました。施設のスタッフが塗り絵を勧めたところ、最初は戸惑いながらも少しずつ筆を動かし、色を塗り始めました。完成した絵を壁に飾ると、通るたびに「これ、私が描いたのよ」と誇らしげに話すようになったそうです。

家庭での工夫

  • 色鉛筆と簡単な塗り絵を用意する
  • 折り紙やパズルなど、指先を使う遊びを一緒に楽しむ
  • 出来上がった作品を飾って本人に見てもらう

5. 運動療法(Exercise Therapy)

特徴

軽い体操や散歩、ストレッチなど、体を動かすことは脳の働きにも良い影響を与えます。激しい運動でなくても、「無理なく続けられること」が大切です。

具体例

80代男性のEさんは、外出が減り、家の中で座っている時間が長くなっていました。息子さんが一緒に近所を散歩する習慣を始めたところ、徐々に体力が戻り、外出を楽しみにするようになりました。「散歩の途中で近所の方と立ち話するのが日課になって、表情も明るくなった」と息子さんは話しています。

家庭での工夫

  • 朝、10分だけ一緒に体操する
  • 家の近くを一緒に歩き、季節の変化を感じる
  • ラジオ体操や昔好きだったスポーツをアレンジして取り入れる

まとめ

非薬物療法は、薬のように即効性があるわけではありませんが、続けることで確実に生活の質を高める効果が期待できます。
重要なのは、本人が楽しめる形で取り入れること。そして、無理なく、少しずつ続けることです。

家族の声かけやサポートによって、穏やかな時間が少しずつ増えていきます。「うちでもできそう」と思った方法から、ぜひ試してみてください。


出典・参考文献

  1. Woods B, Aguirre E, Spector AE, Orrell M. Cognitive stimulation to improve cognitive functioning in people with dementia. Cochrane Database Syst Rev.
  2. Ueda T, Suzukamo Y, Sakamoto J, Sakurabayashi T. Effects of music therapy on behavioral and psychological symptoms of dementia. Dement Geriatr Cogn Disord.
  3. Hattori H, Cameron JI, Shoji K, Karima Y. Reminiscence therapy for dementia: A review of effectiveness and application. Psychogeriatrics.
  4. Forbes D, Forbes SC, Blake CM, et al. Exercise programs for people with dementia. Cochrane Database Syst Rev.

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