はじめに
認知症のある方にとって、住環境は生活の安心・安全に直結する大切な要素です。私たちが普段あたりまえに行っている行動は、五感から得られる情報を手がかりにしています。特に「視覚」は大きな役割を果たします。
しかし、認知症では記憶や判断力の低下に加え、視覚機能の認識力の変化が起こりやすくなります。アルツハイマー型認知症では「場所や方向がわからない」、レビー小体型認知症では「幻視が見える」「奥行きがわかりにくい」といった症状が生じやすくなります。
そのため、住まいに「視覚的にわかりやすい工夫」を取り入れることが、混乱や不安を和らげ、安心感をもたらすことにつながります。
本記事では、海外のガイドラインや現場の実例も踏まえながら、家庭や施設で実践できる住環境の工夫を紹介します。
なぜ「視覚の工夫」が大切なのか?

認知症のある方は、以下のような困難を抱えやすくなります。
- 空間の認識が難しい:ドアや廊下のつながりが分からず、迷いやすくなる
- 色や形の判別が苦手になる:便座や食器が背景と同化して見えにくい
- 幻視・錯視:模様のある壁紙が人影や動物に見えることがある
- 記憶の低下:場所を忘れやすく、自分の部屋やトイレが分からなくなる
こうした症状が重なると、自宅にいても「ここは自分の家じゃない」「帰りたい」という不安や徘徊につながります。薬では解決できない行動も、環境を整えることで予防できる場合があるのです。
部屋ごとの工夫ポイント
1. 居間・リビング
- ドアの色分け:壁とドアの色をはっきり分け、ノブは目立つ色に
- 家具と床のコントラスト:椅子やテーブルの脚が見えやすく、つまずき予防に
- 時計:大きな文字・日付入りのカレンダー時計を設置
- 呼び鈴:使い慣れたタイプのチャイムやノッカーを玄関に設置
2. キッチン
- ラベル表示:食材や調味料には大きな字やイラストで表示
- 見える収納:ガラス扉やオープン棚を利用し、「どこに何があるか」を分かりやすく
- 火の安全:ガスよりIHを検討、使う道具は手の届く範囲に置く
3. 食堂・ダイニング
- 食器の工夫:白いご飯には赤や青の皿を使うなど、料理が映える配色に
- テーブルクロス:柄よりも単色を使用し、皿の縁がはっきり見えるようにする
- 錯視への配慮:派手な模様は避け、落ち着いた色調で統一
※実例:模様入りの皿を「虫がたかっている」と錯覚して食事を拒否する方もいます。食器を変えるだけで食欲が戻ったケースもあります。
4. 洗濯室
- 床と壁の色分け:境界を分かりやすくし、動線を明確に
- 物干しの工夫:洗濯機のそばに物干しロープを配置し、行動をシンプルに
- 安全対策:網戸や施錠で外出防止と換気を両立
5. トイレ・浴室
- 便座の色:便器と対照的な色を選び、座る位置を明確に
- 床材:光沢のないタイルでまぶしさを防ぐ
- シャワー:段差のない「ホブレス」にすることで転倒リスクを軽減
- 手すり:壁と対照色のグラブレールを設置
6. 寝室
- 寝具のコントラスト:ベッドカバー・枕・床を異なる色にして位置を分かりやすく
- 夜間照明:トイレへの動線に人感センサーライトを設置
- クローゼット:扉を外して衣類を見えるようにし、翌日の服は一式セットしておく
認知症ケアの視点からの補足

- 薬で解決できない症状を「環境」で予防する
- 幻視があっても、壁紙の模様を変えるだけで症状が軽減する例があります。
- 服薬調整よりも環境改善が効果的な場合が多いのです。
- 本人の「できる力」を引き出す
- 洗濯や食器片付けを「見える形」にすることで、役割を維持でき、生活の自立感につながります。
- 施設でも家庭でも応用できる
- 大掛かりなリフォームをしなくても、照明や色使いの工夫で大きな効果が得られます。
- 例えば「トイレのドアを開けておく」だけでも迷いが減り、夜間の転倒防止になります。
まとめ
認知症の方にとって、住まいの環境は「安心」「自立」「生活の質」を支える土台です。
- 視覚に訴える工夫(色・明暗・見える収納)
- 混乱や錯視を防ぐ工夫(無地・コントラスト強調)
- 安全を守る工夫(段差解消・照明・手すり)
これらを意識することで、本人が「ここは自分の家だ」と感じられ、介護する側の負担も軽減されます。
すべてを一度に行う必要はありません。小さな工夫から始めることが、本人の安心と家族の笑顔につながります。
📌 出典
- Alzheimer’s WA: Dementia Enabling Environments
- 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略」
- 認知症介護実践者研修テキスト


コメント