リード文:家族の経験談から
「母が倒れたのは、ほんの数分のことでした。急に言葉が出なくなり、右手が動かないと訴えたのです。幸い命は助かりましたが、退院後は物忘れや段取りの悪さが目立ち、医師から“血管性認知症の可能性があります”と説明を受けました。私たち家族にとっては初めて聞く言葉で、どう対応すればよいのか不安でいっぱいでした。」
これは、ある介護家族が私に相談してくださったときのエピソードです。
脳血管障害(脳梗塞や脳出血など)によって起こる認知症は「血管性認知症」と呼ばれ、アルツハイマー型に次いで多いタイプです。発症後の生活に大きな影響を与えるため、 「予防」と「早期の治療・リハビリ」 が非常に重要です。
本記事では、介護関係者やご家族に向けて、血管性認知症の特徴、予防のためにできること、そして治療やリハビリのポイントをわかりやすく解説します。
1. 血管性認知症とは何か
血管性認知症は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで、脳の一部がダメージを受け、その結果として認知機能が低下する病気です。
特徴的なのは、症状が「段階的に進行する」ことです。たとえば、ある日を境に急に物忘れや判断力の低下が目立つようになることがあります。これは、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害が起きた直後から認知機能が落ちるためです。
また、症状の出方は脳の障害部位によって異なり、記憶障害だけでなく、注意力や遂行機能(計画を立てて実行する力)の低下、感情の起伏が激しくなるなど、生活に直結する変化が多く見られます。
2. 主な原因とリスク因子

血管性認知症の背景には、多くの場合「生活習慣病」が関わっています。特に以下の疾患が大きなリスク因子です。
- 高血圧:脳の細い血管を傷つけ、梗塞や出血を引き起こしやすくします。
- 不整脈(特に心房細動):心臓の中で血のかたまり(血栓)ができやすくなり、それが脳に飛ぶと脳梗塞を起こします。
- 糖尿病:血管の動脈硬化を進め、脳の血流障害を引き起こします。
- 脂質異常症:コレステロールや中性脂肪の異常は動脈硬化の原因になります。
- 喫煙・過度の飲酒・運動不足:生活習慣も血管を大きく傷つけます。
つまり、 「脳の病気」ではあるけれど、予防のカギは日常生活に潜んでいる のです。
3. 予防の基本は生活習慣病の管理
血管性認知症の予防に最も効果的なのは、リスク因子をしっかりコントロールすることです。
(1)高血圧の管理
- 目標は一般的に収縮期血圧130mmHg未満(高齢者は無理のない範囲で)。
- 減塩(1日6g未満を目安)、野菜や果物を積極的に。
- 定期的な血圧測定と記録が大切。
(2)不整脈の管理
- 特に心房細動は、脳梗塞の大きな原因。
- 心臓内科での定期チェック、必要に応じて抗凝固薬の使用。
(3)糖尿病の管理
- HbA1cを目安にコントロール。
- 血糖変動が大きいと脳に負担がかかるため、規則正しい食事と服薬管理が必須。
(4)生活習慣の改善
- 禁煙、節度ある飲酒(日本酒換算で1合程度まで)。
- 運動は「速歩き30分を週5回」が理想。
- 睡眠の質を整えることも重要。
4. 発症後の治療と対応

血管性認知症が発症した場合、基本的には これ以上悪化させないこと が治療の中心です。
(1)薬物療法
- 高血圧・糖尿病・脂質異常症の薬を継続してコントロール。
- 不整脈に対して抗凝固薬を使用する場合も多い。
- 一部ではアルツハイマー型認知症で使う「コリンエステラーゼ阻害薬」が併用されることもあるが、効果は個人差あり。
(2)リハビリテーション
- 作業療法:料理、掃除など日常生活動作を維持。
- 理学療法:筋力や歩行機能の維持。
- 言語療法:失語症や発語障害への対応。
リハビリは「やらないと衰える」のが現実です。介護者やご家族が一緒に取り組むことが大切です。
(3)介護現場での工夫
- 記憶障害が目立つ場合は、カレンダーや時計を見やすい場所に置く。
- 遂行機能が落ちている場合は、手順を一緒に確認しながら行動をサポート。
- 気分の落ち込みが強い場合は、医師と相談して抗うつ薬を使うこともある。
5. 介護現場での実践例
あるデイサービスでのケースです。
70代男性で、脳梗塞後に血管性認知症を発症。段取りが苦手で、食事の準備や着替えに時間がかかる状態でした。
スタッフは、
- 食事の際にはあらかじめ配膳を整えておく
- 着替えは上から順番に並べて渡す
- 活動の合間に短時間の体操を取り入れる
といった工夫をしました。結果として混乱が減り、ご本人も安心して過ごせるようになりました。
6. 家族にできるサポート

介護する家族にとって大切なのは、 完璧を求めないこと です。
- 本人ができることはできるだけ任せる
- できない部分だけサポートする
- 怒らず、落ち着いて繰り返し説明する
また、介護疲れをため込まないように、地域の介護サービス(デイサービス、ショートステイ)や家族会を積極的に利用することをおすすめします。
7. まとめ
血管性認知症は、生活習慣病や脳血管障害と深く結びついています。
予防の第一歩は、高血圧・不整脈・糖尿病をきちんと管理すること。
そして、発症後は「これ以上悪化させない」ために、薬物療法とリハビリ、介護現場での工夫が欠かせません。
家族や介護者が理解を深め、一緒に取り組むことで、血管性認知症の方の生活の質は大きく変わります。
出典・参考文献
- 厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)
- 日本神経学会「認知症疾患治療ガイドライン」
- 日本脳卒中学会「脳卒中ガイドライン2021」
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「認知症情報サイト」


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