在宅医療の現場に薬剤師が入ることで、患者さんやご家族の生活が大きく改善することがあります。今回は、実際に在宅医療に関わる薬剤師として、私が経験した「薬剤師の介入で生活が変わった事例」をご紹介しながら、薬剤師が在宅医療の現場で果たすべき役割や可能性についてお話しします。
事例1:独居高齢者の“飲み忘れ”を解決し、息苦しさを和らげた
80代の独居女性。心不全と高血圧の持病があり、月に1回通院して処方を受けていました。しかし、訪問看護師の報告により「服薬ができていないのでは?」と疑われ、当薬局に居宅療養管理指導の依頼が入りました。
初回訪問で冷蔵庫の上に薬が無造作に置かれており、朝昼晩の区別もなくバラバラの状態。ご本人も「どれをいつ飲むか忘れてしまって…」と話されていました。
そこで、一包化とともにカレンダー式の服薬管理ケースを導入。加えて訪問時には、薬の説明だけでなく、ご本人との雑談も交えて「薬を飲むことの大切さ」を繰り返し伝えました。
その結果、1か月後には服薬率が安定し、血圧の値も改善。何より、服薬ミスによる息切れやむくみの頻度が減ったことで、ご本人の表情も明るくなり「最近は息苦しくなくなって助かってる」と話されるようになりました。
事例2:認知症の進行で服薬拒否した患者への「信頼づくり」

認知症が進行していた70代男性。奥様と2人暮らしでしたが、次第に薬の服用を拒むようになり、家族のストレスも増加。主治医からの依頼で薬剤師が訪問に入りました。
初回の訪問では「おまえ誰だ!帰れ!」と激しい拒否。加えて、居間のテレビの音量が非常に大きく、会話がほとんど成立しない状況でした。よく観察すると、聞こえづらさに対する苛立ちも相まって、対人関係にも影響を与えているように感じました。
以降の訪問では、聞こえやすい耳側に回って話しかけることや、大きめの文字で筆談するなど、コミュニケーションに工夫を凝らしました。本人のペースに合わせて、薬の説明ではなく「釣り」の話題から入るなど、日常会話を大切にしました。
その結果、3回目の訪問で奥様から「薬を受け取ってくれるようになりました」との報告。そして4回目の訪問では、ご本人が自ら「今日はこれか?」と薬を受け取ってくれたのです。
このように、薬剤師が一歩引いて“生活者としての本人”と向き合う姿勢が、信頼の獲得につながると実感した事例でした。
事例3:看取り期の疼痛コントロールで穏やかな最期を支えた

末期がんで在宅看取りを希望されていた80代女性。痛みが強く、オピオイドの導入が必要となったケースです。初回訪問ではご本人も家族も「副作用が怖い」と不安を抱えており、服薬に消極的でした。
そこで、薬剤師としての役割は「痛みと薬の正しい理解を届けること」。副作用の管理法や、「痛みを我慢することが寿命を延ばすわけではない」ということを丁寧に説明しました。
結果として、少量からオピオイドを導入でき、痛みが軽減。ご本人は最期まで穏やかに、ご自宅で好きな音楽を聴きながら過ごされました。ご家族からは「薬剤師さんがいてくれて安心できた」との言葉をいただきました。
薬剤師の在宅訪問で見える「生活」の中の課題
病院では見えにくい「生活の風景」。在宅訪問では、服薬支援だけでなく、以下のような問題にも気づくことがあります。例えば・・
- 薬の置き場が不衛生
- 飲み忘れた薬がため込まれている
- 薬の整理が家族のストレスになっている
- トイレや食事の導線に問題があり転倒リスクが高い
これらは、薬剤師だからこそ気づける視点でもあります。処方内容だけでなく、「どう暮らしているか」への問題意識が、在宅医療においては不可欠です。
多職種連携で薬剤師が果たす役割
在宅医療では、薬剤師単独で完結する支援はほとんどありません。医師、訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど、さまざまな専門職と情報を共有し、連携することで初めて成果が生まれます。
たとえば、薬の副作用と思われたふらつきが、実は排尿の問題(前立腺肥大)であることに看護師が気づき、医師が対応することで解決した事例もありました。薬剤師の観察が「きっかけ」になり、他職種が動くという連携のあり方が理想です。
おわりに:薬剤師の訪問は“医療”を“生活”に近づける

在宅医療における薬剤師の役割は、「薬を届ける」ことだけではありません。「薬を安心して使える生活環境を整える」こと、そして「生活の中の医療」を支えることです。
訪問を通じて見えてくるのは、患者さんやご家族のリアルな不安や希望。そこに寄り添い、ほんの少し生活が楽になるようサポートできる存在として、薬剤師の価値はますます求められています。
今後、地域包括ケアの進展とともに、在宅での薬剤師のニーズはさらに高まっていくでしょう。「医療者」としてだけでなく、「生活支援者」として、薬剤師が関われる場は、確実に広がっています。
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