はじめに
「父は70代でレビー小体型認知症と診断されました。物忘れよりも、 vivid な錯視や幻視が先に目立ち、夜中に『そこに人がいる』と大声を上げることが増えました。主治医からドネペジルの処方を受けたのですが、最初は少し落ち着いたものの、増量した途端にイライラが強くなり、怒りっぽくなってしまいました。先生から『レビー小体型認知症は薬に敏感で、副作用が出やすいんです。増量規定も必ずしもそのまま使えないことがあります』と説明され、薬の難しさを実感しました。」
このように、レビー小体型認知症(DLB)はアルツハイマー型認知症とは異なり、薬の使い方に細心の注意が必要です。本記事では、介護家族や現場スタッフが知っておきたい「レビー小体型認知症に使われる薬」について、効果・副作用・特徴を整理して解説します。
1. レビー小体型認知症の特徴と薬物治療の難しさ

レビー小体型認知症(DLB)は、脳内に「αシヌクレイン」という異常たんぱく質が蓄積して進行する病気です。以下の特徴があります。
- 鮮明な幻視・錯視
- 認知機能の変動(日によって調子にムラがある)
- パーキンソン症状(動作の遅さ、小刻み歩行、筋固縮)
- 自律神経症状(便秘、起立性低血圧、排尿障害、嚥下困難)
- うつ症状・意欲低下が目立ち、特に男性に多い
こうした症状は、アルツハイマー型認知症とは異なる経過をたどります。特に幻視やうつ傾向が強く、患者本人も家族も生活に大きな影響を受けやすいのが特徴です。
さらに重要なのは「薬剤過敏性」です。ごく少量の薬でも副作用が強く出やすく、一般的な抗精神病薬や抗パーキンソン薬が逆に症状を悪化させることがあります。そのため、薬物治療は「慎重さ」が不可欠です。
2. 中核症状に対する薬:ドネペジルが第一選択

(1) ドネペジル(アリセプト®)
- 適応
レビー小体型認知症に対して唯一、日本で保険適応が認められているコリンエステラーゼ阻害薬です。
※ガランタミン(レミニール®)やリバスチグミン(イクセロン®パッチ/リバスタッチ®パッチ)はアルツハイマー病には適応がありますが、DLBには適応がありません。 - 効果
認知機能の改善だけでなく、幻視や錯視、さらには意欲低下や抑うつ症状の改善にも効果が期待されます。そのため、DLBに特徴的な「うつ症状」や「やる気のなさ」に対して、抗うつ薬より先にドネペジルを試すケースが多いです。 - 副作用
吐き気、下痢、徐脈などの身体症状のほか、臨床現場で注意すべきは「易怒性(怒りっぽさ)」です。特に増量した際に顕著になることがあり、介護家族から「急に怒りやすくなった」と相談を受けることがあります。 - 増量規定について
一般的には 3mg → 5mg → 10mg と段階的に増量しますが、DLBでは薬剤過敏性が強いため、必ずしも教科書通りに増量できるわけではありません。3mgや5mgで十分な効果が得られる人も多く、「増やせばよい」という考えは通用しません。副作用が出たら、むしろ減量して様子を見ることが重要です。
3. 他の薬の位置づけ
(1) NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)
- アルツハイマー病では適応がありますが、DLBでは適応外です。
- 興奮や攻撃性などのBPSDに用いられる場合がありますが、幻視改善効果は限定的です。
(2) 抗パーキンソン薬(レボドパなど)
- 手足の動きの改善に効果がありますが、幻視を悪化させることがあり、少量から慎重に投与します。
(3) 抗精神病薬(非定型抗精神病薬の一部)
- クエチアピンなどが比較的安全とされますが、効果は限定的。ハロペリドールなどの定型抗精神病薬は禁忌です。
(4) 抗うつ薬
- うつ症状が強い場合に使われることがありますが、DLBの意欲低下や抑うつに対しては、まずドネペジルを試すのが一般的です。抗うつ薬は効果が限定的で、副作用による過鎮静が問題になることがあります。
4. 薬物治療以外の工夫
薬はあくまで一部の手段です。介護現場では以下のような工夫が欠かせません。
- 環境調整:錯視を減らすために部屋を明るく保ち、家具や物品を整理整頓する。
- 福祉用具の活用:転倒防止のための手すり、歩行器、嚥下困難に対応するクッションや食器。
- 水分・栄養管理:下痢や食欲低下でフレイルや脱水が進まないように注意。
- 服薬管理:ピルケースやカレンダーを使い、飲み忘れ・重複を防ぐ。
- 心理的支援:幻視を頭ごなしに否定せず、「大丈夫だよ」と安心感を伝える。
5. まとめ

レビー小体型認知症の薬物治療は、アルツハイマー病以上に「個別性」と「慎重さ」が求められます。
- ドネペジルは唯一のDLB適応薬であり、意欲低下やうつ症状にも効果が期待できる。
- 増量規定は必ずしも当てはまらず、少量で効果が得られることも多い。
- 易怒性など精神症状の副作用に注意が必要。
- 他のコリンエステラーゼ阻害薬(ガランタミン、リバスチグミン)はDLBには適応なし。
- 薬だけでなく、環境調整や福祉用具、栄養管理も重要。
介護者や家族は「薬をどう使うか」だけでなく「どこまで使うか」「どのように生活を支えるか」を医師・薬剤師と一緒に考えることが大切です。
参考文献
- 日本神経学会. レビー小体型認知症診療ガイドライン 2017.
- McKeith IG, Boeve BF, Dickson DW, et al. Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: Fourth consensus report. Neurology. 2017.
- 厚生労働省「認知症の薬物治療」資料.
- 長谷川和夫ほか『認知症の臨床』医学書院.


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