はじめに
「父が突然『窓の外に人が立っている!』と言い張るのです。でも実際には誰もいません。最初は勘違いかと思いましたが、何度も繰り返すので不安になりました。そのうえ、歩行が不安定になり、転倒して骨折しそうになったこともあります。病院で『レビー小体型認知症』と診断され、幻視や錯視、そしてパーキンソン症状が出ると説明を受けました。介護をしていると、どう対応したらいいのか迷うことばかりです」
レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症に次いで多いタイプですが、症状が独特であり、幻視や錯視、運動障害、さらには嚥下困難や自律神経症状も伴うため、家族や介護スタッフが支援に難しさを感じやすい病気です。
この記事では、レビー小体型認知症の特徴、具体的なケアの工夫、そして福祉用具や環境調整の実際について詳しく解説します。
1. レビー小体型認知症とは

レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies:DLB)は、脳内にαシヌクレインというタンパク質が異常に蓄積し、神経細胞に「レビー小体」を形成することで発症します。αシヌクレインは本来、神経機能に関わるタンパク質ですが、異常な折りたたみ構造になると神経障害を引き起こすと考えられています。
この疾患は、以下のような特徴的症状を示します。
- 幻視や錯視
- パーキンソン症状(手足の震え、動作緩慢、すくみ足など)
- 認知機能の変動
- 睡眠障害(レム睡眠行動障害)
- 自律神経症状(便秘、立ちくらみ、発汗異常など)
- 嚥下困難による誤嚥や食事トラブル
症状は多岐にわたり、日によって状態が大きく変わるため、介護者にとって「予測しづらい」ことが大きな負担となります。
2. 主な症状の具体像
(1)幻視と錯視
レビー小体型認知症では、実際に存在しない人物や動物が見える幻視がよく見られます。さらに、実際の物を誤って認識する錯視も特徴です。
- 壁の模様を「虫が動いている」と捉える
- 影を「人の影」と勘違いする
- カーテンの柄を「動物」と思い込む
これらは本人にとって現実的で、恐怖や混乱を招くこともあります。
(2)パーキンソン症状
パーキンソン病と似た運動障害が現れます。
- 動作が遅くなる(動作緩慢)
- 歩幅が小さくなる(小刻み歩行)
- 体のこわばり
- すくみ足、転倒しやすさ
これらはフレイル(虚弱)を進行させ、転倒・骨折・寝たきりにつながりやすい点が大きな課題です。
(3)嚥下困難
病気が進行すると、飲み込みが難しくなり、食べ物や水分が気管に入る「誤嚥」のリスクが高まります。誤嚥性肺炎は入院や命に関わることもあるため、介護現場では早めの対応が重要です。
(4)認知機能の変動
数時間単位で認知状態が変わり、会話がしっかりできる時間と混乱が強い時間が交互に現れることがあります。家族は「昨日は話せたのに、今日は全然わからない」と落ち込むこともあります。
(5)自律神経症状
便秘、頻尿、立ちくらみ、発汗の異常などが出やすく、脱水や転倒のリスクを高めます。
3. 幻視・錯視への対応

(1)否定せずに受け止める
幻視や錯視は本人にとって現実です。「そんなものいないよ」と否定すると不安や興奮を強めることがあります。
- 「そう見えるんですね」
- 「怖くないですか?一緒に見てみましょう」
と共感的に対応することが大切です。
(2)環境調整の工夫
幻視や錯視は環境要因で強くなることがあります。
- 照明を明るくし、影を減らす
- カーテンや壁の柄をシンプルにする
- 夜間は足元灯を設置し、暗闇を避ける
特に夜間の暗がりは錯視を誘発することが多いため、光環境の工夫が効果的です。
4. パーキンソン症状とフレイルへの対応
(1)リハビリテーション
理学療法士による歩行訓練、筋力維持運動は、フレイルの予防に直結します。転倒予防のため、足腰の筋力を意識的に保つことが重要です。
(2)福祉用具の積極的活用
転倒を防ぐためには福祉用具の導入が有効です。
- 歩行器・シルバーカー:安定して歩行できる
- 杖(多点杖):バランスを取りやすい
- 手すり:廊下やトイレ、浴室に設置
- 段差解消スロープ:転倒リスクを減らす
- 滑り止めマット:浴室や玄関に設置
福祉用具は単に身体を支える道具ではなく、「できることを増やす支援器具」と考えることが大切です。
(3)薬物治療と薬剤過敏性
パーキンソン症状にはL-ドーパなどが使われることがありますが、レビー小体型認知症の患者さんは薬剤過敏性が強く、副作用が出やすい傾向があります。特に抗精神病薬には強い副作用(錐体外路症状、意識障害など)が出ることがあり、医師の厳密な管理下でのみ使用されます。
5. 嚥下困難と脱水へのケア

(1)食事の工夫
- 柔らかい食品やペースト食にする
- とろみをつけて誤嚥を防ぐ
- 食事中は姿勢を正しく保つ(顎を少し引いた状態)
(2)水分補給
脱水は認知症の症状悪化を招きやすいため、意識的に水分を取ることが必要です。特に高齢者は喉の渇きを感じにくいため、定期的に声をかけて摂取を促します。
(3)言語聴覚士との連携
嚥下リハビリは専門職による評価と訓練が有効です。家族だけで抱え込まず、専門の支援を取り入れましょう。
6. 認知機能の変動への対応
(1)予定の調整
頭がはっきりしている時間に重要な会話や外出を行い、混乱が強い時間は無理をさせないことが大切です。
(2)シンプルな生活リズム
毎日の起床・食事・就寝を一定にすることで、変動がやや落ち着くことがあります。
7. 環境調整

環境調整はレビー小体型認知症のケアで欠かせません。
- 照明:昼は明るく、夜は足元灯で安全確保
- 色彩の工夫:床と壁の色をコントラストにして境界を見やすくする
- 家具配置:通路を広くし、転倒リスクを減らす
- 音環境:静かで落ち着いた環境を保ち、錯視・幻視を誘発する刺激を減らす
- 車いすの姿勢:車いすからの転落、食事の誤嚥に影響します。
こうした小さな工夫が、本人の安心感や安全性を大きく左右します。
8. 介護者・家族へのアドバイス
- 完璧を求めない:できないことを責めず、できることを一緒に楽しむ
- 支援機関を活用する:デイサービス、訪問看護、家族会など
- 介護者自身の休養:レスパイトを活用し、自分の体調を守る
まとめ
レビー小体型認知症は、幻視や錯視、パーキンソン症状、嚥下困難、そして認知機能の変動など、複雑で多面的な症状を示します。その背景にはαシヌクレインの異常蓄積があり、進行とともにフレイルや脱水といった全身的なリスクも高まります。
介護では、薬剤過敏性に配慮しながら医師や専門職と連携し、福祉用具や環境調整を駆使して、本人の安全と尊厳を守ることが重要です。介護者自身も「一人で抱え込まない」ことを意識し、支援を受けながら共に歩む姿勢が求められます。
出典
- 日本神経学会「認知症疾患治療ガイドライン」
- 厚生労働省 認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)
- Mayo Clinic: Lewy body dementia overview
- Alzheimer’s Association: Dementia with Lewy bodies (DLB)
- 国立精神・神経医療研究センター「レビー小体型認知症の症状と治療」


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