はじめに
母がレビー小体型認知症と診断されてから、少しずつ生活のリズムが崩れていきました。最初は食事中にむせることが増え、『嚥下力が弱くなってきたのかもしれない』と感じていました。そのうち、食事や水の摂取量が目に見えて減り、体力も落ちてきました。口腔ケアが不十分になると、口臭や食欲の低下にもつながり、悪循環が生まれてしまいました。
体力面でも大きな変化がありました。筋力低下と歩行速度の衰えから外出を嫌がるようになり、日中の活動量が落ち、次第に昼夜逆転の生活に。夜眠れず、昼間も横になって過ごすことが増えると、介護する私たち家族も休む時間を奪われ、介護困難な状態に追い込まれていきました。
このような状態の背景には『フレイル』があります。フレイルは加齢に伴う心身の虚弱で、健康と要介護の中間に位置します。しかし適切な介入によって改善が可能であり、介護を受ける人の生活の質を守る大きなポイントになります。今回は、私自身の経験を踏まえながら、**食事(地中海食)・運動(コグニサイズ)・口腔ケア(パタカラ体操)**を中心に、具体的なフレイル対策をご紹介します。」
フレイルとは?

フレイルの定義
日本老年医学会は、フレイルを「加齢に伴い心身が脆弱になり、適切な介入により生活機能の維持・改善が可能な状態」と定義しています。
有名な判定基準としてフリードのフェノタイプモデルがあります。以下の5項目のうち3つ以上該当するとフレイルと判定されます。
- 半年で2〜3kg以上の体重減少
- 疲労感の自覚
- 活動量の低下
- 歩行速度の低下
- 握力の低下
一見すると「年齢のせい」と思われがちですが、フレイルは適切な対策で改善できる「戻せる老化」ともいわれています。
食事でフレイルを防ぐ 〜地中海食の活用〜
栄養不足が進行を招く
フレイルに陥った高齢者は、嚥下力の低下や食欲減退により、必要な栄養が摂れなくなります。特にタンパク質不足は筋力低下を加速させ、さらに活動量が落ちるという悪循環を引き起こします。
地中海食とは?
地中海食は、長寿地域である地中海沿岸諸国の食習慣を参考にした食事スタイルです。特徴は以下の通りです。
- 野菜、果物、豆類、全粒穀物を中心に摂る
- 魚介類、オリーブオイル、ナッツ類を積極的に活用
- 赤身肉や加工食品、バターは控えめ
- 適量の赤ワイン(※高齢者や薬との飲み合わせを考慮して慎重に)
研究では、認知症予防や心血管疾患リスクの低下が示されており、高齢者のフレイル予防にも有効と考えられています。
実践の工夫
- 「主菜は魚、油はオリーブオイル」に置き換える
- 白米に雑穀や玄米を混ぜ、食物繊維を強化
- 間食にナッツやヨーグルトを活用
- 水分補給はお茶やスープなど、無理なく摂れる形に
ある介護現場では、「高齢者向け地中海食ランチ」を試験的に導入。魚を中心とした献立と彩り豊かな副菜は、視覚的にも楽しめるため、食欲が戻った方もいました。「見た目の鮮やかさ」も食欲を刺激する大切な要素です。
運動でフレイルを防ぐ 〜コグニサイズ〜

運動不足の影響
高齢者が活動を控えると、下肢筋力が低下し、転倒リスクが増します。それにより外出が減り、ますます活動量が落ちる「フレイルスパイラル」に陥ります。
コグニサイズとは?
国立長寿医療研究センターが開発した「コグニサイズ」は、運動と認知課題を同時に行うトレーニングです。
例:
- 歩きながら3の倍数を数える
- ボールを投げながらしりとりをする
- ステップ運動をしながら計算問題を解く
身体を動かすことで筋力・心肺機能を維持しつつ、頭を使うことで認知機能も刺激できます。特に認知症を抱える方には、「できた」という達成感が生活意欲を高める効果も期待できます。
家庭でできる工夫
- 買い物や散歩の際に「赤い物を探そう」と課題をつける
- ラジオ体操をしながらしりとりをする
- 孫と一緒に遊び感覚で取り入れる
介護施設では、グループでコグニサイズを実施し、笑顔と会話が増える効果が見られています。運動を「楽しい時間」として習慣化することが大切です。
口腔ケアでフレイルを防ぐ 〜パタカラ体操〜
口腔機能低下の影響
口の健康が損なわれると、嚥下力低下による誤嚥性肺炎や栄養不足のリスクが高まります。さらに、話しにくさや口臭は社会的交流を減らし、心理的フレイルを招く要因にもなります。
パタカラ体操とは?
「パ・タ・カ・ラ」と発音することで、口唇や舌、頬の筋肉をバランスよく鍛える体操です。
- 「パ」:唇を閉じる力を強化
- 「タ」:舌先の動きを鍛える
- 「カ」:舌の奥を動かす力を強化
- 「ラ」:舌全体を柔軟に動かす
これにより嚥下機能の改善、発声の明瞭化、口腔内の活性化が期待できます。
実践の工夫
- 毎食前に「パタカラ」を5回ずつ繰り返す
- 音読や歌と組み合わせると楽しく続けられる
- 入れ歯使用者も無理なく取り入れられる
私が支援した高齢者の一人は、パタカラ体操を習慣にしたことで「むせる回数が減り、食べるのが楽になった」と話していました。口腔ケアは食べる力を守り、全身の健康を支える第一歩です。
家族・介護者ができること

- 小さな変化に気づくこと
- 体重の減少、歩行速度の低下、昼夜逆転などを見逃さない。
- 専門職との連携
- 医師、薬剤師、栄養士、理学療法士、歯科衛生士と情報共有する。
- 無理のない習慣化
- いきなり大きく変えず「おやつをナッツに変える」「夕食後に5分散歩」「食前にパタカラ体操」など、身近な工夫から始める。
まとめ
フレイルは避けられない老化ではなく、予防・改善可能な状態です。
- 食事では地中海食を取り入れ、栄養バランスを整える
- 運動ではコグニサイズを活用し、体と頭を同時に鍛える
- 口腔ケアではパタカラ体操を習慣化し、「食べる力」を守る
家族や介護者が早く気づき、小さな工夫を積み重ねることで、高齢者の自立を支え、介護困難を防ぐことにつながります。
出典元
- 日本老年医学会 編「フレイルの予防と対策」
- 厚生労働省「フレイル予防・健康寿命延伸の取組」
- 国立長寿医療研究センター「コグニサイズ」公式情報
- 日本歯科医師会「高齢者の口腔ケア」
- Keys A. et al. Seven Countries Study, 1980(地中海食研究の基礎)


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