(介護スタッフ・ご家族向け)
はじめに
高齢者介護の現場で頻繁に直面する課題のひとつに「トイレ誘導」があります。認知症のある方や身体機能が低下した方にとって、トイレに行くことは単なる排泄行為ではなく、尊厳を守る大切な生活の一部です。しかし、介護者が「トイレに行きましょう」と声をかけても拒否されたり、不機嫌になったり、間に合わなかったりすることも少なくありません。
この記事では、介護現場でよくある困りごとに触れながら、トイレ誘導をスムーズに行うための「声かけの工夫」を解説します。単なるテクニックではなく、心理的背景や医学的要因も踏まえた対応方法をまとめました。
1. なぜトイレ誘導が難しいのか
まず、声かけがうまくいかない背景を理解することが大切です。
1-1 認知症による影響
- 排泄の感覚が鈍くなる
- トイレの場所がわからなくなる
- プライドが邪魔をして「行きたくない」と拒否する
1-2 身体機能の低下
- 歩行や立ち上がりに不安がある
- トイレまでの距離が長いと「間に合わない」と感じる
- 尿意があっても「面倒だ」と思ってしまう
1-3 薬の副作用
薬剤師の立場から補足すると、利尿剤や前立腺肥大症の治療薬、睡眠薬などが排尿トラブルを引き起こすことがあります。薬による頻尿や尿意切迫感が背景にあると、本人も「行きたくないのに行きたくなる」「間に合わない不安」が強まり、誘導が難しくなることがあります。
2. 声かけの基本姿勢
トイレ誘導で大切なのは、**「命令」ではなく「寄り添い」**のスタンスです。
- 否定しない:「まだ行きたくない」と言われても頭ごなしに叱らない
- 尊厳を守る:「おむつにしましょう」と言わず、まずはトイレでの排泄を第一に考える
- 安心感を伝える:「一緒に行きましょう」「支えますよ」と寄り添う
3. 実践できる声かけの工夫

ここからは具体的な声かけの例を紹介します。
3-1 時間帯を意識した声かけ
「そろそろお昼ご飯の前にトイレを済ませておきましょうか」
➡ 生活リズムに合わせて自然に誘導できます。排泄の時間帯もある程度一定にできるとコントロールしやすくなります。
3-2 誘導を前向きに表現する
「一緒に歩いてみませんか?」「体を動かすと気持ちいいですよ」
➡ 「トイレに行こう」と言わずに歩行を目的にすると、結果的にトイレへ誘導できます。
3-3 プライドを尊重する
「○○さんがトイレを使いやすいようにご案内しますね」
➡ 「世話をされている」という感覚を和らげます。
3-4 視覚的な工夫を添える
「こちらに明るいお部屋がありますよ」「こっちに座りやすい椅子があります」
➡ トイレという直接的な言葉を避け、行動を促します。
4. ケース別の声かけ例
ケース1:拒否が強い場合
- NG:「今すぐトイレに行きましょう」
- OK:「ちょっと体を動かしましょうか」「手を洗いに行きませんか?」
ケース2:場所が分からない場合
- NG:「自分で行けますよね」
- OK:「こちらです。一緒に歩きましょう」
ケース3:間に合わない不安が強い場合
- NG:「大丈夫ですよ、急がなくても」
- OK:「すぐ近くにありますから安心してください」
5. 介護者が注意すべきポイント

5-1 待たせない工夫
「行きたい」と言ったときに、トイレまで遠い・手続きが多いと失敗につながります。環境整備(手すり・照明・段差解消)が重要です。
5-2 声のトーン
穏やかで落ち着いた声で、急かさないことが大切です。介護者が焦ると本人も不安になります。
5-3 失敗後の対応
失敗してしまっても、責めない・笑わない。
「大丈夫ですよ、次は一緒に早めに行きましょうね」と励ますことが、次の成功につながります。
6. 薬剤師の視点からのアドバイス
- 利尿剤の服用時間:朝に服用すると、夜間頻尿を減らせます。
- 睡眠薬や抗不安薬:ふらつきや転倒のリスクがあるため、服用後はトイレ誘導時に特に注意。
- 便秘薬:下痢によるトイレ失敗もあるため、服薬調整を医師・薬剤師に相談することが大切です。
排泄リズムを整えるように、下剤や利尿剤など用法用量でコントロールして、時間帯など記録することが望ましいです。薬剤との関連を見落とさないことが、トイレ誘導をスムーズにする大きなポイントです。
7. ご家族へのメッセージ
在宅介護では、トイレ誘導が最もストレスになりやすい部分です。しかし「声かけひとつ」で、介護者も本人も負担を軽くできます。
- 無理に行かせるのではなく「自然に行きたくなる工夫」
- 薬や身体状況に合わせた配慮
- 失敗を責めずに受け止める姿勢
これらを意識するだけで、日常の介護がぐっと穏やかなものになります。
まとめ
トイレ誘導がスムーズになるためには、本人の心理・身体状況を理解し、**「安心」「尊厳」「寄り添い」**の3つを意識した声かけが鍵となります。介護者が落ち着いて声をかけることで、本人も安心し、自分らしい生活を続けることができます。
出典元
- 厚生労働省「高齢者の排泄支援マニュアル」
- 日本老年医学会「高齢者排泄ケアの手引き」
- 認知症介護研究・研修センター資料
- 日本薬剤師会「高齢者に多い薬剤関連問題」
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