認知症BPSD治療薬の完全ガイド:漢方・レキサルティ・最新睡眠薬の効果と副作用

はじめに:ご家族の経験から

「夜中に ‘虫が這う’ と大声で叫び、ベッドから何度も立ち上がっては徘徊……。薬を使いたくないと思いつつも、‘もうどうしたらいいのかわからない’と、ただただ焦るばかりでした」

これは、あるご家族が2年にわたる認知症介護の中で語った言葉です。BPSDや不眠の波に翻弄される中で、「何が正しい判断なのか」を誰にも相談できず、孤立感を抱える介護者は少なくありません。

こうした切実な悩みに少しでも寄り添えるように、非薬物ケアと薬物療法のバランスを踏まえた情報を、日常で使えるかたちで介護者に向けて提供したいと思います。


1. BPSD治療の基本方針:まずは非薬物的介入を

認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)は、環境整備/スケジュール調整/個別ケアといった非薬物的介入が第一ステップです。それでも日常生活や安全が脅かされたり、介護者の負担が限界に達したりする場合には、薬物療法を補助的に導入します。

大切なのは「薬を使えば治る」ではなく、「薬を味方としてどう役立たせるか」という視点です。非薬物ケアと薬のバランスが、介護の質を左右します。


2. 漢方薬:自然に近いケアとしての選択肢

漢方薬はBPSDへの穏やかな対応として注目されています。たとえば:

  • 抑肝散:怒りっぽさ、幻覚・妄想、不穏などへの効果が期待され、ご家族からは「顔つきが柔らかくなった」との声も。
  • 釣藤散:昼夜逆転、感情のアップダウン、幻視などに対応。
  • その他、八味地黄丸・帰脾湯・人参養栄湯など、体質や症状に合わせた処方が可能です。

漢方の特徴としては、自然な形で気持ちや行動を整える点があり、非薬物ケアとの親和性も高い選択肢です。


3. 抗精神病薬とその進化:定型からレキサルティまで

3-a. 定型・非定型抗精神病薬の基本

  • 定型(例:クロルプロマジン)
    興奮や妄想などに有効。ただし、錐体外路症状(震えなど)、眠気、ふらつき、QT延長などのリスクがあります。
  • 非定型(リスペリドン、オランザピン、クエチアピンなど)
    錐体外路症状は減るものの、眠気・体重増加・代謝異常・転倒リスクが問題になることも。糖尿病患者には禁忌になるものあり。使用に注意が必要です。

3-b. 新たな選択肢:レキサルティ(ブレクスピプラゾール)

2024年9月にアルツハイマー型認知症に伴う興奮・攻撃的行動の治療として承認されました。([shounan-zaitaku.com], [otsuka.co.jp])
実際の臨床例では、1 mgの少量から導入し、「幻覚・幻聴が軽減し、夜間の安定した睡眠につながった」との報告もあります。

レキサルティは「抗幻覚・妄想作用が強く、鎮静作用が比較的少ない」ため、低活性状態を避けたいケースに向いています。


4. 抗うつ薬(SSRI):抑うつ・焦燥への対応

SSRI(例:レクサプロ®:エスシタロプラム)は、抑うつ傾向や焦燥・無気力の改善に役立ちます。ただし吐き気、頭痛、手足のしびれ、性機能障害、稀にセロトニン症候群などの副作用にも注意が必要です。


5. 不安・緊張には:ベンゾジアゼピン系(クロナゼパムなど)

クロナゼパムなどは、強い不安や焦燥、及びレム睡眠行動障害(夜間に叫んだり暴れたりする)への対応として使われることがあります。
ただし、依存・離脱・認知悪化・転倒リスクを伴うため、最小有効量・短期使用が原則です。


6. 高齢者に優しい“新世代”睡眠薬たち

伝統的な睡眠薬に代わり、依存性が低く、高齢者にも比較的安全な薬が増えています。

  • デエビゴ(レンボレキサント)
    オレキシン受容体拮抗薬で、入眠・睡眠維持に効果。耐性・依存が起こりにくく、安心感があります。
  • ベルソムラ(ズボレキサント)
    同じカテゴリーの薬で、寝つきの改善と持続効果に優れるとされ、せん妄リスク軽減の期待も。
  • ロゼレム(ラメルテオン)
    メラトニン作動薬で、自然な入眠を促し、依存性・耐性はほぼゼロ。概日リズムを整えたい方にも適しています。

これらは「副作用が少ない」一方、きちんとした投与設計(半減期や投与タイミングへの配慮)が必要です。


7. 薬物療法の基本戦略:少量スタート&見極める観察力

薬を使う際は以下の原則を忘れてはなりません:

  • 少量から始めて、必要に応じて徐々に増やす(漸増)
    同様に、中止や減量も「漸減」が安心です。
  • 観察と記録を丁寧に
    症状の推移、眠気・ふらつき・食事反応などを記録し、チームに伝えることでリスクを最小限に。
  • 副作用への対応策を整える
    転倒防止、ベッド柵や滑り止め、消化器症状対策、心理的サポートの環境づくりなど。
  • 非薬物介入との併用を忘れずに
    声かけ、音楽・レクリエーション、日中の活動リズム整備など、薬を補完する方法は無限にあります。

8. まとめ表:BPSD/睡眠関連薬の特徴一覧

カテゴリ・薬剤対応症状・特徴主な注意点・副作用
漢方薬(抑肝散・釣藤散など)易怒性・幻視・睡眠障害などを穏やかに改善血圧低下、長期での間質性肺炎などに注意
定型抗精神病薬興奮・妄想・不穏の緩和錐体外路症状、鎮静、心血管リスク
非定型抗精神病薬幅広い精神症状に対応代謝異常、体重増加、眠気、転倒リスク 糖尿病患者
レキサルティ(ブレクスピプラゾール)幻覚・妄想・攻撃行動を抑える(鎮静弱め)比較的軽量の副作用だが、経過観察は必須
SSRI(抗うつ薬)抑うつ・無反応・焦燥の改善吐き気、性機能障害、セロトニン症候群など
クロナゼパム(ベンゾジアゼピン系)レム睡眠行動障害、不安・焦燥の抑制依存・離脱、認知悪化、転倒リスク
デエビゴ(レンボレキサント)入眠・睡眠維持に有効(依存少)併用薬に注意
ベルソムラ(ズボレキサント)睡眠持続・せん妄予防に期待併用禁忌が多い
ロゼレム(ラメルテオン)自然な入眠を促す、依存ほぼなし、概日リズム調整が可能軽い眠気・頭痛・倦怠感に留意

終わりに:薬を“味方”にするために

再度、ご家族・施設スタッフの皆さまにお伝えしたいのは、薬は「使う」「使わない」の二択ではなく、「どう使うか」が大切だということです。

  • 漢方は自然なアプローチを探したい時の選択肢に。
  • レキサルティは新たな抗精神病薬として、過興奮・攻撃行動への対応に注目。
  • クロナゼパムはレム睡眠障害に局所的に有効だが慎重に。
  • デエビゴ/ベルソムラ/ロゼレムは、依存リスクが少なく安全性の高い睡眠改善策。

非薬物ケアと併せて、少量から始めた薬で「生活の質」を守りつつ、安全・安心の介護を支えていきましょう。ご不明な点や具体的に相談したい症例などがあれば、いつでもお声がけください。

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